「四手連弾」
ハーティアが去った後、わたしはあまりの嬉しさにその場で飛び上がって喜んだ。
「やったやった! サロンだ! サロンデビュー! お貴族様のきらびやかな世界にわたしも足を踏み入れる時が! って言ってもわたしみたいな路傍の石は端っこから見てるだけだけどね! 高貴な身分の男女の恋の鞘当てやえげつないマウントの取り合いを垣間見れるだけでも十分に楽しいわ……」
「いやいや、あなたも元は貴族じゃないの」
「そそそそそうでしたごほんえほんおっほーん!」
あまりに興奮しすぎたせいでとんでもないことを口走りかけたわたしは、慌てて咳ばらいをした。
誤魔化すにはいささかキツいタイミングだが……。
「ええと、ええとええとええと今のはね……? そういうのじゃなくてなんというかその……」
「いいわよもう、あなたがおかしなのは今に始まったことじゃなし」
「そ、その理解のされ方は悲しくもあり……」
リリゼットの鷹揚な態度がありがたいようなそうでもないような……などと思っていると。
「先生、サロンに出るんですか?」
「あら、しかもこれってドミトワーヌ夫人の主催じゃない。この人ってグラーツでも有数の音楽愛好家よ、わかってる?」
遅れてやって来たウィルが、アンナと一緒にパンフレットを覗き込んだ。
「わお、そんなに有名な人なんだ?」
「ええまあ。しかしいったい誰がこんな話をテレーゼに?」
「えっとね、ハーティアってコ。銀髪でおかっぱ頭の可愛い子よ。ちょうど年代的にはあなたたちぐらいだと思うんだけど……」
「ええぇー……ハーティアぁぁぁ……?」
うげえ、と首を絞められたような声を出すアンナ。
「え? え? そんなにダメなコなの? 見た目とか話し方はきちんとしてたけど……」
「んー……家柄とかはしっかりしてる。そもそもがフリードリヒ子爵家の三女だし。だからこの話自体も本当だと思う。でもあいつの場合はなんというか、目的のためには手段を択ばないところがあって……」
「目的のためには手段を選ばない?」
「んー……それについては色々あるんだけど……」
なぜかチラリとウィルを見て、言いだしづらそうな様子のアンナ。
ううーむ、同世代故の思惑とか力関係があったりするんだろうか? そこに口を出すのは野暮だろうか? などと思っていると……。
「先生! もしかして先生の担当って四手連弾ですか!?」
ウィルが目をキラッキラさせてわたしを見た。
ここここっ、とばかりにパンフレットの下を指差しているが……。
よく見ると、ずらずらと並んだピアノ弾きと演奏曲のリストの下に、一か所だけ空白がある。
名前も曲名も書かれていないそこにはしかし、ウィルの言ったように四手連弾とだけ記されている。
なるほど、状況を考えるとハーティアがそこにわたしをねじ込もうとした可能性は高いわね。
相方の名前は何も言ってなかったから、まだ決まってないのか、それとも告げ忘れているのか……。
「その……お願いします先生! もし向こうから指定がないんだったら、ボクと一緒にピアノを弾いてくれませんか!? ボクもハンネスさんみたいに、先生とピアノを弾いてみたいんです!」
拳を握り頬を染め、ウィルは全力でわたしにお願いして来た。
一生に一度のお願いとでもいうかのように、まっすぐに頭を下げて来た。
「ああー……まあそりゃあ、悪いとは言わないけど……」
「ホントですか? やったやった、やったあー!」
よっぽど嬉しかったのだろう。
やったやったとバンザイして喜ぶウィル。
わたしとしても弟子と一緒に弾くのは楽しいことだし、それがサロンという大舞台ならなおさらなのだが……。
「んー……でもハーティア案件でしょ? ホントに大丈夫なのかしら……」
眉間に皺寄せて危ぶむアンナの台詞が少し気になるところだが、ウィルは完全にその気になっていて、今さらダメですとか言える雰囲気でもない。
「……ま、わたしがちゃんとしてればいい話よね。曲を覚えて期限までに仕上げるっていう流れはウィルの教育にも役立つし。クロードに傍にいてもらえれば、身の安全だって完璧だし……」
やる前からぐじぐじ考えていてもしょうがない。
やるだけやってみて、あとは事が起きてから考えようと楽観視することに決めた。
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