「まさかの依頼」
その日のお昼休み。
天気がいいので中庭の芝生で食事をとることにしたわたしたち。
テイクアウトのお弁当を傍らに置き、さあ食べようという段階になって、またぞろリリゼットが聞いて来た。
「とまあ悪ふざけは置いといて。実際のところどうだったの?」
「悪ふざけって自覚はあったんだ……」
リリゼットの発言に、怒るよりも先にため息をつくわたし。
「いいでしょー、もう。こんなに面白いネタはないわけだし。周りにはわたしたち以外誰もいないわけだし。クロードはまだお仕事中だし。ね、ある程度踏みこんで喋っても」
「……そういう問題かなあー? まあとりあえず言えるのは、クロードとは何もなかったってこと。効果的にデートを行って、その結果がバーバラの精神崩壊に繋がって……」
「今日、いきなり学校休んだのもそのせい?」
「そうなの、アイシャとミントの推測がズバッと的中してたみたいで。あいつったら悔しさのあまり壁とか柱とかに頭を打ち付けて、最終的には担架で運ばれちゃった。ホントにいい気味だったわ」
わお、という感じで肩を竦めるリリゼット。
アイシャやミントは顔を見合わせ目を丸くし、ハンネスもまた自分の知らない世界の話にただただ驚いている。
「あいつがクロードに気があるのはこれでハッキリしたわ。これからは何されてもいつだって反撃できる」
そのつどクロードとイチャイチャしなければならないことについてはまあ……その……ね?
色々思うところがあるんだけども。
「とにかくまあ、今後は少し心に余裕を持って生きていけるのかなと、そんな感じなのです」
ここまでわたしの世話を見てくれたみんなに、ありがとうの意味もこめて頭を下げていると……。
「あの……テレーゼ様ですよねっ?」
突如横合いから、見覚えのない女の子が話しかけて来た。
歳はけっこう下だろう、ウィルやアンナと同じ世代かな?
銀髪のおかっぱ頭。肌はツヤツヤで顔立ちも精緻に整っている。
所作も優雅で洗練されていて、いかにも育ちの良いお嬢様な感じ。
息を弾ませ、頬を赤く染めて、いかにも緊張している様子だが……。
「うん、そうだけど……わたしに何か用? というかあなたは誰?」
「あ……すいません申し遅れましたっ。わたくしはハーティアと申しますっ。人様に名前を訊ねておいて自分が名乗るのを遅れるなんて……本当にすいませんっ、反省すべきことですごめんなさいっ」
困り顔で、ぺこぺこと身を折って。
ひたすらに謝ってくるハーティア。
「あー、いいのよいいのよ。そういう礼儀的なことを気にして言ったわけじゃないから。単純にあなたが誰か知りたかっただけ。どこかで喋ったことあったっけ?」
「いいえ、一度もありません。以前に何度かあなたの演奏を耳にする機会があって、『金曜会』にも参加してみたいなと思ったりしていて……。ともかくあなたの腕前の素晴らしさに感動したんです。そこでその、お願いがあるのですが……」
ハーティアが、体の後ろに隠していたパンフレットを差し出してきた。
「今度、お母様の友人のドミトワーヌ夫人がサロンを開かれるんです。そこで音楽院在籍中の優秀なピアノ弾きを探してて……出来ればテレーゼ様を推薦したいなと思っていて……」
「サ……サロンですってっ?」
この申し出に、わたしは一瞬息を呑んだ。
サロンというのは当時の貴族や裕福な市民たちの社交の場だ。
主催となる人の邸宅で開かれ、文人や芸術家を招いてハイソな会話を楽しむ催しだ。
音楽家も芸術家枠として招かれることが多く、室内楽や小品を中心としたサロン音楽という独特の音楽スタイルを築くに至った。
招かれるということは当然だが腕前を認められたということで、一流のピアノ弾きの証だとも言える。
ショパンやモーツァルトの例に漏れることなく、一流の音楽家なら必ず一度は通る道だ(サロン嫌いな人も中にはいるが)。
「ち、ちなみにドミトワーヌ夫人というのは? 偉い人の奥さんだったり?」
「え、ええ、その通りですが……」
興味津々で身を乗り出して訊ねるわたしに、ハーティアはちょっと引き気味。
「軍の大佐を務めているロマンツォ・ミラ・ドミトワーヌ子爵の奥方様です」
「ふわあー……っ」
陶然たるため息と共に、わたしは妄想を始めた。
夕方夕暮れ、大邸宅の客間には多くの高貴な貴婦人たちが集う。
この世のありとあらゆる美酒美食がテーブルを埋め尽くし、そこかしこで密やかな会話が交わされている。
そんな中、ひとり静々とピアノの前に座るわたし。
指先から紡がれるメロディに、みんなのお喋りは束の間止み、目が驚きに見開かれ……そして巻き起こる拍手喝采。
アドレナリンが脳内を駆け巡り、わたしは頬をピンク色に染め……。
「行く! 行くわ! 絶対行く! むしろお願い! わたしに弾かせてちょうだい!」
各種条件を確かめることもなく、わたしは即座にハーティアの手を握っていた。
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