「家に着くまでずっと」
~~~クロード視点~~~
「ああー面白かったっ、美味しかったっ。今日は朝から一日最高だったーっ。ね、クロードっ?」
オペラを観劇し、眺めのいいレストランで食事をとって感想を述べ合った。
感想の9割9分はテレーゼのものだったが、たしかに楽しかった。
音楽にも芸術にも素養の無いクロードであったが、コロコロ変わるテレーゼの表情を眺めているだけでも十分に楽しめた。
「おっともうこんな時間だ、帰ろうか。明日は学校あるし、授業中に居眠りするとリリゼットにめっちゃ怒られるしね。いやあーしかし、楽しい時間は過ぎるの早いってあれホントだねっ」
ウキウキと弾むような足取りで歩き出しかけたテレーゼが、ふとクロードの方を振り返った。
首を傾げ、気づかわしげな表情を浮かべると……。
「……ホント、ありがとね? 今日は一日、わたしのわがままにつき合ってもらっちゃって」
「いえ、そのようなことは……」
「ホントは嫌だったよね? わたしなんかと腕を組んで、色々ひっついて、気持ち悪かったらごめんね? 消毒とかしとく? あはははは……」
顔の前で両手を合わせて片目を閉じて、いかにも申し訳ないという感じだが……。
「そのようなことはございません。とても光栄でございました。貴重な社会経験を積ませていただき、人間としてひとつ大きくなれたような気がします」
本当はもっと気の利いたことが言えればいいのだろうが、クロードにそのようなセンスはない。
「真面目かっ!」
色気も何もない率直な返答に、テレーゼは思い切りツッコミを入れた。
「ま、そこがクロードのクロードたる所以なんだろうけどね」
そう言うと、薄く笑った。
(……まただ)
クロードはハッとした。
(……お嬢様がまた、あの表情を浮かべている)
いつも明るく朗らかなテレーゼだが、ふとした拍子に寂しげな表情を浮かべる時がある。
どこか遠くの世界から来た客人のような、儚げなその笑みを見るたび、クロードはいつも胸を締め付けられるような気分になるのだ。
なんとかしたいのだが、そこは朴念仁のクロード。
そんな気持ちになったとしても、どうしたらいいのかがわからない。どう言っていいのかわからない──いつもだったら。
今日はわかった。己のすべきことを正しく理解出来た。
それはたぶん、先ほどから妙に軽く感じる肘のせい。
「お嬢様、失礼いたします」
クロードはテレーゼの肘をとると、そっと組んだ。
「え、え、え……クロード……?」
自らの腕とクロードの腕を見比べ、戸惑うテレーゼ。
「家に着くまではまだ、わたしどもは恋人同士でございますので。恋人が腕を組むのは、当然のことですので」
口では当然と言いつつも、内心ではひどく焦っていた。
なぜだろう、鼓動が早い。
なぜだろう、胸がモヤモヤする。
なぜだろう、テレーゼの顔がまともに見れない。
「う、うん。そう? そうかもね? あ、あはははは~……」
テレーゼはテレーゼで顔を真っ赤にして狼狽えている。
「う、うわ……っ。まさかそっちから来るとは思ってなかったから心の準備が……。てか心音ヤバい……っ」
じっと足下を見つめ何事かつぶやいているところからして、クロードの動揺と表情の変化には気づいていないはず。
それがせめてもの救いだった。
こんな様子を見られたら、きっとからかわれ、いたずらっぽく笑われるだろう。
それ自体は嫌ではない。嫌ではないが……。
(理由はわからないが、まずい。とにかくよくない。そんな気がする)
そうこうしているうちに、突然ウィルの相談が脳裏に浮かんだ。
──ボクその……最近悩んでいることがあって……。
──成功……祝福……それってつまりは感動、みたいなことですか……?
──それなら納得ですね。よかった、ボクは病気じゃなかったんだ。
幼いウィルの声が、頭の中で反響する。
(成功ではない。祝福でもない。……ならば感動? いったい何に対して……? ……ひょっとして、本当に病気なのか?)
得体の知れぬ感覚に悩まされながら、病気かもしれぬと怯えながら。
クロードはふわふわと、浮わついたような気分で歩いていた。
テレーゼもテレーゼで緊張しているのだろうか、ひと言も言葉を交わさなかった。
家に着くまで黙っていた。
その間ずっと、早鐘のように胸が鳴っていた。
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