「自信のない理由」
わたしとクロードは、ともかく仲睦まじげに恋人っぽく振る舞った。
肘に腕を絡めて街を歩いた、公園のベンチでピッタリと身を寄せ合った、出店で買ったチュロスを食べさえ合い、似顔絵描きの人に頬をくっつけ合った姿を描いてもらった。
ゲームやマンガで得た知識をフル活用し、考えられる限りのイチャイチャ行為を繰り返した。
頬をくっつけるのはさすがに恥ずかしかったけど、復讐のためならばと気合いを入れて行った。
その成果は如実に現れた。
バーバラはガンガンと壁や街灯(管理人がランタンに火を灯して回るやつね)に頭を打ち付けて悔しがり、そのつどカントルさんたちに心配されていた。
最終的には担架で運ばれて行ったぐらいだから、本気で悔しかったのだろう。
「ああ~いい気味。そうかそうか、これがNTRの醍醐味ってやつなのかあ~。あれ? この場合寝取られじゃなく寝取りだからNTLだっけ? まあどっちでもいっか。とにかく最っ高に気分がいいわ~♪」
小休憩で入ったオープンカフェでパフェを頼むと、わたしは鼻歌混じりで伸びをした。
「お嬢様が楽しそうで何よりです」
「ありがと、クロード。でもわたしたち今は恋人同士なんだからね、テレーゼでいいのよテレーゼで」
「それはさすがに難しいかと。どのような状況でも主従の立場は弁えないと」
「もお~、固いんだから~。ま、でもそこがクロードのいいところよね♪ はいクロード。あ~ん♪ ……んんん? あ~ん、あ~んだよクロードっ」
届いたパフェの生クリームをスプーンですくってクロードの口元に運ぶが、しかしクロードは頑なに拒絶する。
「もうー、なんでようー。さっきはチュロスを食べてくれたのにぃ~」
「あれは物陰でのことでしたので。ここは少々人目につき過ぎます」
口元を手でガードしたまま周囲を見渡すクロード。
バーバラの精神は崩壊、すでに病院送りになっているので執事たちの目も無いはず。
ということはそれ以外の他人の目を気にしているのだろうか。
「今日はともかく、お嬢様の今後のこともありますので気を付けないと」
「……へ? なによ、今後って?」
キョトンと首を傾げるわたし。
「これから3年の時を過ごし、音楽院を卒業されて以後の話でございます。ピアノのプロとして生きていかれるのか、主家にお戻りになられるのか。いずれにしても男とのあらぬ噂は立てないほうがよろしいかと」
「噂が立つとどうなるの?」
「それはもちろん婚期が遅れ……」
「婚期? わたしが? 結婚するって? あっはっは、クロードはバカだなあ~」
意外な言葉に、わたしは思わず笑ってしまった。
「このわたしが結婚なんて出来るわけないじゃない。礼儀作法をいくら学んでもウルトラマンの変身時間よりもたないわ。大飯食いの大酒飲みだし、大口を開けて笑って大股で歩いて、見た目はともかくこれ以上ないぐらいはしたない女なんだから。貰ってくれる物好きなんていないよ。心配するだけ無駄、無駄、無駄」
「そのようなことはございません」
ジョジョばりの勢いで無駄無駄を連呼していると、クロードが真面目な顔で言った。
いや、いつもこのコは真面目なんだけど、今回はことさら真面目な顔だった。
「お嬢様はご自分のことを過小評価しすぎておられます。玉のような肌、黄金のように輝く髪、お顔立ちは幽玄で、月下の妖精のようにすら思えます」
「ちょ、ちょっとクロード……?」
「性格は明るく朗らかで、誰に対しても優しく平等で、皆がお嬢様のことを慕っているのがわかります」
「クロード、クロードってば」
「お嬢様は素晴らしい女性です。断言しますが、数年後にはその足下に多くの殿方が跪き、求婚の列は途切れることがないでしょう。ですからこそ今……」
「もおーっ、わかったっ、わかったってばーっ」
ここまで真っ向から褒められるとさすがに照れる。
わたしは両手をわちゃわちゃ振ってクロードを止めた。
「あ~んはなし、人前でのスキンシップも常識の範囲内で行う。そんでもって自分を変に卑下しない、これならいいでしょ?」
「はい、大変よろしゅうございます」
「もお~、ホントに固いんだからこのコはあ~っ」
主人想いで言ってることだから、ありがたくはあるんだけどね。
んーでもなあー、わたしの自信の無さって、けっきょくは前世から来てるんだよね。
音楽の道から逃げてブラック企業で世間の荒波に揉まれに揉まれて、36歳喪女として死んだ。
今はテレーゼという超絶美少女の殻を被っているけど、中身が中身なのでどうしても引け目を感じてしまうのだ。
それにもし……もしもの話だけど、テレーゼが死んだのでなかったとしたら?
頭を打った拍子に長い眠りについているだけで、いつか目覚めるのだとしたら?
その時わたしの意識は、魂はどうなるのだろう?
そういうSFチックな恐れが消えないのだ。
「……」
「……お嬢様、どこかご気分でも?」
「あ、ごめん。そうゆーんじゃないの。ひさしぶりに遊んだから疲れちゃっただけ。疲れたっていってもちょっとぼーっとしたとか、その程度。だから平気よ、平気。さ、このパフェ食べたらここ出よっか。最後はオペラを見て、眺めのいいレストランで夕食をとって感想を述べ合って、背中を並べて仲良く帰宅。帰宅するまでがデートです、OK?」
わたしは立ち上がると、バチコーンとばかりにウインクをした。
そうだ、こんなとこで落ち込んでいられるか。
わざわざフェイクのデートにつき合ってくれたクロードのためにも最後まで盛り上がって行くぞ、ウオオオオーッ!
心の中で拳を突き上げながら、わたしはクロードを促しカフェを出た。
テレーゼの過小評価の理由。
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