「フェイクdeデート」
音楽院も、バルでの演奏も無いまっさらな休日。お昼前。
歌劇場や演舞場、音楽ホールなどが立ち並ぶデア・マルクト文化通りへと通じる交差点で、わたしは日傘を片手に待ち合わせをしていた。
といって、特別な相手を待っているわけではない。普通にクロードだ。
え? だったら家から一緒に出てくればいいだろう? わざわざ外で待ち合わせする必要ある?
ちっちっちっ、わかってないなあー。
たとえそうであっても、あえて外で待ち合わせるから特別感があるんじゃないか。
時間前に待ち合わせ場所にたどり着いて、想い人を待つ貴重な時間。
もうすぐ来るだろうか、まだ来ないのか、実は時間を間違っていたりはしないかとそわそわしながら周囲をキョロキョロ、キョロキョロ。
やがて人ごみの中に想い人を見つけた瞬間の天にも昇るような気持ちと言ったらもうあなた……あ、はい。わたしはそんな経験ありませんけど? 全部ゲームやマンガの知識ですけどそれが何か?(半ギレ)
ゴホン、ともかくわたしはクロードとデートをすることになっていた。
もちろん彼氏彼女の関係ではないのですべてはフェイク(悲しみ)。
アイシャ&ミントの見立てによると、クロードとわたしが一緒にいる時にのみバーバラのお嬢様フォームが崩れるというのだ。
美しく装った仮面が剥がれ、嫉妬に狂うオーガのような表情が現れるというのだ。
それはつまりバーバラがクロードに想いを寄せているからで、ならばわたしとクロードが仲良くしているところを見せつければ、たやすく精神崩壊に追い込めるのではないか。
そういった意図での『フェイクdeデート作戦』なのだが……。
「そんなに上手くいくもんかなあ~……。仮にバーバラがクロードのことを好きだったとして、わたしとクロードのデートの情報を掴んだとして、すぐに尾行しようっていう風になるかなあ~……。ゲームじゃあるまいし……ってかゲームなんだけどね。でもなあ~……」
わたしがぶつぶつつぶやいていると……。
「お待たせいたしました。お嬢様」
「ちょ、わ、ちょうわ……っ!? く、くくくくクロード!? いつの間にそんなとこに!?」
音もたてず気配すらも感じさせず、クロードはわたしの斜め後ろに立っていた。
執事としての癖なんだろうけど、いやいやさすがにびっくりした。
びっくりしすぎて思わず化鳥みたいな声を出してしまった。
っていかん、こんなのではいかん。
デートってのは全体的にバラ色で、背景に点描が飛ぶような美しさがないといけないんだ。
変な声出してビビったりしてはいかんのだ。
「ダメ、ダメよクロード。やり直しっ」
「……やり直し?」
「普通の彼氏ってのはそんな風にいきなり斜め後ろに出現しないものなの。もっとこう……小走りでやって来てさ。んでもって爽やかに、『悪い、待ったか?』みたいな感じでさ」
「このクロード、執事としてお嬢様を待たせるようなことは絶対に出来ません。言葉遣いに関しても、そんな無頼な物言いは出来ません」
「それをやるからデートなのっ。ほら、もう一回やるよっ。テイク2、テイク2」
クロードの背中を押して遠くへ追いやると、わたしは再び待ち合わせ場所に戻った。
カチンコ代わりに日傘を頭上で振ると、「はいアクションっ」と大きな声で開始の合図を出した。
クロードは明らかに面食らった様子だったが、とにもかくにもわたしの指示に従おうと行動を開始した。
びゅん、とばかりに風のように走り寄ると、「お嬢様、お待たせしまして申し訳ございません」と片膝をついて謝罪して来た。
「ちっがーうっ! そうゆーのじゃないっ! 全然小走りじゃないし、むしろおまえ忍者か!? みたいな動きで普通に見とれちゃったし! 会って早々全力謝罪とかもありえないでしょっ! あと言葉遣いも丁寧すぎいっ! もっと気安い感じで来てくれないと!」
「申し訳ございません。気を付けます」
「謝るのもなしっ! 今日一日謝罪禁止っ!」
「申し訳ござ……そうですか、難しいものですね」
弱ったようにこめかみを押さえるクロード。
お、いいね。苦しむイケメン。
お姉さんちょっとグッときちゃった……じゃなくっ!
「ともかくほら、テイク3行くわよ! もう一度、小走りで駆け寄って来るところから!」
理想の待ち合わせを成功させるまでに、なんだかんだでテイク7までかかってしまった。
お芝居の練習をしていると思われたのだろう、最終的には周りの人たちが感動の拍手を送ってくれて……ってなんだろうこのデート……。
「んー……まあこんなもんかな。じゃあ次行こっか。次はねー、文化通りを散策してー……」
気を取り直したわたしは、売店で配っていた文化通り散策用のパンフレットを開いた。
さてこれからどこへ回ろうかとデートコースを練っていると……。
「お嬢様」
「ん? なぁに? クロード?」
パンフレットから顔を上げると、クロードが真面目な顔でわたしを見下ろしていた。
「今日のお召し物、たいそうお似合いでございます」
「な……っ!?」
突然の褒め言葉に、わたしの顔は瞬時に真っ赤になった。
そんな気の利いた台詞がクロードの口から出て来るとは思わなかったので、頭の中が真っ白になった。
「お髪も、今日は後ろで結ばれておられるのですね。帽子も含め、大変可愛らしく思えます」
「なななななななっ、ななっ、ななな……っ!?」
たしかに今日のわたしは気合を入れていた。
フェイクだとはいえクロードとデートするのだから、それなりにそれなりの格好をしていかなければ失礼だろうと考えたのだ。
身に着けているのはワードローブで眠っていたテレーゼの愛用品。
白ベースに緑のラインが映えるティアードドレスで、どことなく『風と共に去りぬ』のスカーレットを思い起こさせるようなデザインだ。
着付けの仕事をしているのだという下町のおばちゃんに協力してもらってコルセットを締めてもらい、パニエの使い方を教えてもらってようやく着ることが出来た。
頭に関しても、今日は気合いを入れている。
ウエーブがかった金髪を後ろで二本に縛り、緑の造花をあしらった頭巾上の婦人帽を被っている。
全体的にちょっとロリータな感じのファッションなのは、お子様体型のテレーゼにはよく似合うと考えたからだが、まさかクロードが褒めてくれるとは……。
「そ、その……あ、ありがとね。え、えへへへへ……っ」
嬉しい。
嬉しいんだけど恥ずかしい。
こんな年下の男の子に照れさせられているのが、死ぬほど恥ずかしい。
耐えられなくなったわたしは、思わずボンネットで顔を隠した。
「し、しかしクロードもそんな気の利いたことが言えるんだねえー。普段聞いたことなかったから、わたしちょっとびっくりしちゃった」
「すべてリリゼット様の薫陶の賜物です」
「……ん? 薫陶の賜物?」
「ええ、本日のデートを迎えるにあたり、リリゼット様が色々と策を授けてくれました。最初に会ったら、何はなくとも容姿を褒めなさいと。特にお嬢様が頑張っただろうポイントを見逃さずにと。それだけで気分が上がって、デートが上手く行くからと」
「ああー……なるほどね。そういうことかあー……」
わたしたちのデートが上手くいくよう気を使ってくれたのだろう。さすがはリリゼット。
そしてそれを口にしてしまうのがクロードなんだよなあと、わたしは心底がっかりした。
「まあいっか、このノリでいったら秒で心停止するとこだったし……」
ただでさえイケメンのクロードに完璧なエスコートなんかされてしまった日には、わたしの心臓がもたない。
そこまでいかなくても終始ドキドキしてみっともなく狼狽えまくることは必然だろう。
ま、このぐらいがちょうどいいのかな。わたしたちみたいなデート初心者にとってはさ。
「ありがと、クロードも今日は一段といい男だよ」
気を取り直したわたしは、クロードの大きな背中を叩いた。
クロードはいつもの執事服ではなく、金や銀の刺繍が施されたハーフコートにベスト、ズボンにロングブーツという格好だ。
いかにも18世紀な時代がったファッションが、長い足に映えていてカッコいい。
髪も今日は整髪料で固めてオールバックにしていて、普段とのギャップがイイ、実にイイ。
などと密かににやにやしていると……。
ゴン!
と硬い音がした。
いったいなんだろうと思って振り返ると、ちょうどのタイミングで何かが曲がり角に隠れたところだった。
なんだろう、リリゼットが面白がってついて来たのか?
それともウィルやハンネス辺りが心配してついて来てくれたのか?
「ん~……」
目を凝らして見てみると、スカートの端が見切れている。
オレンジ色のティアードドレス? しかもあれはバルテル家出入りの仕立屋が得意としていたデザインだ。
よくよく耳を澄ましてみれば「ああっ、お嬢様が壁に頭をっ!?」とか「お嬢様、お気をたしかに!」みたいな声も聞こえて来る。
「……はっはーん、なるほどね」
バーバラが、カントルさん含めたお付きの執事たちと一緒に尾行して来たらしい。
そしてどうやらホントに、うちのクロードのことが好きらしい。
「そーゆーことかー。うんうん、いいんじゃな~い?」
ニヤリ、わたしは心の底から笑みを浮かべた。
日頃の鬱憤を晴らすべきは今と、嗜虐心に火が点いていた。
「さあクロード。マイボーイフレンド。今日は最高のデートにしましょうねっ(はあと」
「お、お嬢様? いったいどうされたのですかっ?」
態度の急変に戸惑うクロードの肘に無理やり腕を絡めながら、わたしは復讐の狼煙を上げたのだった。
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