「モテ期到来(わたしにではない)」
四校対抗戦の代表者決定戦が終わり、一週間ほどがたったある日。
朝のショートホームルーム前のことだった。
リリゼット、ハンネス、アイシャにミントといういつもの面子に囲まれて、わたしは過去最高にリラックスしていた。
なぜって、例のバーコード頭の学年主任のベンノ先生が突然退職し、双子に関しては登校すらして来なくなったからだ。
因縁のある奴らが軒並みいなくなったということで胸のつかえが下り、実にいい気分だ。勢い空気まで美味しく感じる。
「しかしまあー、あれぐらいのことで逃げ出すとか。メンタル激弱にもほどがあるよねー」
勝ったなガハハ、とばかりにふんぞり返って笑うわたしを、呆れた様子で眺めるリリゼット。
「ホントにあなたって、調子がいいというかなんというか……ついこの間までは死にそうな顔してたくせに……」
おっと、ちょっと調子に乗りすぎただろうか。
まあたしかにね、わたしだけの手柄じゃないし、ハンネスはもちろんみんなの協力があっての勝利なわけで。
「えへへへへ……調子に乗りすぎました」
さすがに照れくさくなって頭をかいていると……。
「え? またラブレター受け取ったんですか?」
「今度こそいい返事をするんですよね? え、しない? 会いもしない? なんでですか?」
アイシャとミントが何か騒いでいるなと思ったら、どうやらハンネスがどこぞの女子からラブレターを受け取ったらしい。
しかもどうやら、これが初めてではないようだ。
「え、ホント? やったじゃんハンネス。ってなんで拒否っちゃうの? ってちょっとちょっと、見せてくれたっていいじゃないっ?」
ラブレターを覗き込もうとわたしが身を寄せると、ハンネスは慌てて身を引いた。
ラブレターを体の後ろに隠し、絶対見せないぞという体勢だが……。
「ダメ、テレーゼにだけは絶対ダメっ」
「ええーっ? なんでわたしだけっ?」
なぜだろう、ハンネスは首を横に振り、頑なに見せてくれない。
アイシャとミントはよくて、なんならリリゼットもよくて、わたしだけダメ。
それってちょっとひどくない? 差別? 差別なの?
「なんだよー、わたしたちって相棒じゃないの? ハンネスぅー」
「ううぅっ……?」
わたしが頬を膨らませて不満を露わにすると、ハンネスは明らかに狼狽えた。
「そ、そう言われると……」と呻き、ちょっとだけ見せてくれそうな感じになったのだが……。
「や……やっぱりダメっ。これだけはダメっ」
ぶんぶんとかぶりを振ると、なぜだろうハンネスはさらに態度を硬化させてしまった。
「むう……わかったよう……」
そこまで嫌がられると、さすがにこれ以上の追及は出来ない。
性格的にわたしがぎゃーぎゃー騒ぎそうだから、それを嫌がってのことかもしれないしね(実際騒ぐけど)。
「んーでも、無視するのもったいなくない? ひと目会って話してみて、それからにしてもいいんじゃない?」
「うーん……」
ハンネスは唸った。
「これはちょっとひがみも入ってるかもしれないんだけど……」
ハンネスが言うには、自分の見た目が変わったからといっていきなりラブレターを出して来るその精神性が信じられないのだそうだ。
「人を好きになるのって、そんなに簡単にできちゃうのかなって。僕だったらもっとずっと、しっかり考えるし。そんなに軽々しく告白したりとかしないし……」
上目づかいでわたしを見ながら、もじもじとハンネス。
「んーなるほどね。そういうことか。痩せたことでハンネス本来の見た目の良さが浮き彫りになった。性格的にも真面目ないいコで、家柄的にも音楽出版社の社長の息子で、つまりは超がつく優良物件であることが明らかになった。じゃあ告白しちゃおう、っていうところにずるさを感じるわけね」
「そ、そんなにいい物件だとは思ってないけど……でも、だいたいそういうこと」
顔を真っ赤にしながらハンネス。
うん、たしかに自分が同じ立場だったとしたら、ひねくれた考え方しちゃうかも。
おまえら今まで見向きもしなかったくせになんだよーってさ。
「でもさ、中にはずっとハンネスを見てたコもいるかもしれないよ? そんなの聞いてみなきゃわかんないし、ひと目会うぐらいはしてもいいんじゃない? そのコだって清水の舞台から……じゃなくっ、思い切って手紙を書いたわけで」
いかんいかん、向こうの世界特有の表現をしてしまうところだったぜ、と慌てていると……。
「……テレーゼは、僕が誰かとつき合ったほうがいいと思うの?」
なぜだろうハンネスが、じっと真剣な瞳でわたしを見つめてくる。
「そりゃあそうでしょ。このくらいの年頃だったら誰だって恋人は欲しいもの。もちろんそれが誰でもいいってわけじゃないけどさ。慎重を要する案件だけど」
「う、うん……そうか」
前世で36歳喪女だった身としては、このぐらいの年頃で友達どころか恋人が出来るだなんて、ウルトラハッピー以外の何ものでもない。
わたしがごく当たり前の感想を述べると、ハンネスはしかし落ち込んだように肩を落とした。
「テレーゼさん、なんて恐ろしいことを……」
「これはもう悪魔の所行ですよ……」
わたしたちのやり取りを見ていたアイシャとミントが、顔を青ざめさせながら抱き合っている。
「え、え? わたし今、なにか変なこと言った? 男の子が彼女欲しいのは当たり前だし、そのコだってちゃんとしたコかもしれないし、だったらって話をしただけなんだけど……」
「もういい、もういいわテレーゼ。あなたみたいなお子さまには難しすぎたのよ」
「え、どーゆーことっ?」
リリゼットがポンとわたしの肩を叩く。
その顔は菩薩じみた優しさに満ちていて、なんだろうすごくバカにされている気がするのだが……。
そんなこんなで騒いでいると、教室の入口がガラリと開いた。
担任の先生が来たのだろう、話をやめたわたしたちは素早く自分の席に戻り姿勢を正し……おや?
教室に入って来た人物を見て、わたしはぎょっとした。
ガチでホントに、思ってもみなかった人物だったのだ……。
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