「勝つのはどっちだ?」
無事演奏が終わり、結果発表が出るまでの間は控え室で休もうと話していたわたしたちは、しかしステージ裏から廊下へ出た瞬間捕まった。
わたしたちの演奏を聴いて感動したのだという生徒や新聞部がどっと押し寄せ、逃げる間もなく囲み取材を受けるハメになってしまった。
──いつからデュオを組んだんですか?
──練習はどれぐらいされたんですか?
──初めて聴いた曲ですが、これはテレーゼさんの曲ですか? そういえば出版作品の調子がいいそうですね?
──ハンネスさんは普段とずいぶんイメージが違うんですが、いったいどうしてそんな激ヤセを?
──というか急にイケメン化してますよね? え、自覚がない? 自覚がない? それヤバいですよ!
──あのあのあの! おふたりはもしかしてつき合ってたりするんですか!?
最後の質問が飛んだ瞬間、廊下に悲鳴じみた声が反響した。
男女比率のかけ離れている音楽院においては非常に珍しい、黄色い声で満たされた。
ホント、いつの時代も女性は恋バナが好きだよなあー。
まあでもたしかに、向こうの世界でもデュオを通しておつき合いはては結婚まで行っちゃったカップルとかよく見たけども。
さすがにわたしらの場合は当てはまらないというか、主にわたしの中身に問題があるというか。
36歳の女が16歳の男の子を騙してつき合うとかね、ホント犯罪だから。
「ぼ、ぼ、僕が、テレーゼと、つ、つつつつき合……えっ? えええっ?」
ほらー、思ってもみなかった質問をぶつけられたハンネスがびっくしりてバグってるー(顔を赤くしたり青くしたり、ガタガタ歯の根を震わせたり)。
「あ、あのー……みなさん? わたしたちってまったくもってカケラもそんな関係ではないので、あまり変に盛り上げないでくれます? ほら、彼も困ってますし……」
「……えま、まったく、カケラも?」
わたしの発言を聞いたハンネスが膝に手をついてどよんとへこんでいるが、やはりわたしなんかと噂されるのは迷惑だったのだろうか。
ま、そりゃそうだよね。見た目はともかく行動がほれ、わたしの場合どうしてもおばさんくさいし。ピアノ弾いてる時はともかく、そうでない時は食って呑んで酔い潰れてそのつどクロードに世話されてと非常に情けないし。どうしたって恋愛対象にはなり得ないというか。
「ほらー、迷惑だって。ね、わかりました? えっと、みなさん他にも聞きたいことはあるんでしょうけども、ここはお願いだから解放してください。わたしも彼も激しい演奏で疲れてるんで、ね?」
両手を合わせて拝むようにして頼み込んでいると、ちょうどいいところにクロードがやって来た。
「聞いたでしょう。お嬢様は疲れてておいでです。さ、そこを通して……通しなさいっ」
クロードが殺気じみたオーラを「ズオオオオ……ッ」とばかりに放出すると、廊下にあふれ帰っていた生徒たちは顔を真っ青にして逃げ散った。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
ウソみたいにガランとした廊下を歩いて控え室に戻ると、わたしはどっかと椅子に腰掛けた。
額に浮いた汗をハンカチで拭い、火照った顔をぱたぱたと手であおいだ。
「ふううー、やっと休めるわー。ありがとねクロード。いつも助かるわ」
「いいえ、遅れまして誠に申し訳ございません」
「もおおー、ホントにあなたはお礼を言わせてくれないんだからー」
わたしとクロードがいつものやり取りをしていると……。
「あ、あの……さっきの話だけどっ」
ハンネスが顔を真っ赤にしながらわたしに話しかけて来た。
「こ、困るとかないからっ。迷惑とか、そうゆーのもないからっ」
拳を握り絞め、表情を険しくし、なにやら必死な様子だが。
「え? なになに? なんの話?」
「だからっ、さっきの、つ、つ、つき合うとかそういうっ」
「ああー、あれね」
なるほど、わたしに気を使ってそんなことを言ってくれてるんだな?
おまえなんか守備範囲外の大ファールもいいとこだボケェとはさすがに言えないから、お祈りメール的なサムシングでやんわりとお断りをしてくれているんだな?
うんうん、ハンネスってばホント、気遣いの出来るいいコだわー。
痩せたことでようやく世間も彼の魅力に気づき始めたみたいだし、これからズドンとモテ期が来ちゃったりするかも?
そうなるとちょっと寂しいかもだけどね、ほら、ハンネスってばわたしが育てたみたいなとこあるし。弟分的な感じあるし(おまえは何様なのか)。
「いいのよー、そんなに気ぃ遣わないでも大丈夫大丈夫、わたしってばそれぐらいで傷つくようなヤワなハートしてないから。ぶっちゃけ鉄で出来てるから」
「え? 気遣い? や、そんなんじゃなく……っ」
「いいのいいの、わかってるわかってる。わたしのことは路傍の石か何かだと思って構わず踏みしめて、あなたはあなたの道を突き進んで」
「話を聞いて、そんなんじゃないから、もうっ」
両手をわちゃわちゃさせて、目をバッテンにして、どこまでも慌てるハンネス。
どうしたんだろう、喉でも乾いたのかな?
まあーたしかに疲れたよね。今日のはそれこそ絶対に負けられない一戦だったしね。
「ともかく座って、ハンネス。休もうよ。ね、疲れたでしょ? ほら、レモン水でも飲んでさ」
クロードが淹れてくれたひんやりレモン水(蜂蜜とレモンを絶妙に掛け合わせて冷やした一品)をすすめたりしていると、「お疲れ様」コールと共にリリゼット、ウィル、アンナの3人がやって来た。
「うん、良かったわ。最後まで集中して弾けたんじゃない? これなら勝利確定でしょ」
腕組みしたリリゼットが太鼓判を押してくれたが、どことなく不満そうなのは自分が相棒でなかったからだろう。
まあー血の気の多いコだからね、バトルと聞いては居ても立っても居られなかったんだろうね。
「せ、先生。素晴らしかったです。ボクも先生たちの勝ちだと思います。そ、それでもしよければですけど、今度暇がある時にボクとも二台四手を……っ」
今回のことで二台四手に興味を持ったのだろう、ウィルは自分も弾いてみたいと希望を出す。
そりゃあもちろん可愛いウィルのためならなんでもしてあげるつもりだけど、どちらかというと四手連弾のほうが練習には良さそうな気がするなあ。
最近伸び悩んでる感じもあるし、今度機会でも作ってあげようかな。などと思っていると……。
「勝ったと思う、はいいけどね。実際にはまだ結果が出てないわけじゃない。浮かれ騒ぐには早すぎるんじゃないの?」
シニカルアンナが未だ審査結果が出ていないことを冷静に指摘する。
そうそう、そうだった。
最後の演奏終了後から別室で行われているはずの審査結果は、まだ発表されていないのだった。
「とくにあなた、ベンノ先生に嫌われてたでしょ? 票のまとめられ方次第では波乱もあり得るわよ」
ちなみにベンノというのは例のバーコード頭の学年主任だが、今までの実績があるだけに学院内に隠然たる勢力を持っているのだそうだ。
「んー……たしかに。あいつってばわたしのことをこれでもかってぐらいに嫌ってたからなあー……。あの聴衆の反応を見てなおもなりふり構わず強権を発動したり……しそうだなあー……」
なにせこれは悪役令嬢の死体蹴りシナリオだ。
通常だったらあり得ないだろうことが普通にあり得る。
「一応最悪の場合も想定しといたほうがいいのかなあー……」
「ええ、そんなあ……」
わたしのつぶやきに、ウィルが悲しそうな声を出す。
そこへドタバタと、凄い勢いでアイシャミントのふたり組みが駆けこんで来た。
ふたりは別室の前に待機して審査結果の発表を待ってくれていたはずだが……。
「「大変! 大変! 大変なの!」」
家が隣同士の幼なじみなふたりは慌て方までぴったりシンクロしてる。
「「落ち着いて聞いてね!? ホントに大変なことが起きたんだから!」」
「う、うんわかった。落ち着いてる。そんで、いったい何が起こったの?」
「「あのね!? あのね!?」」
「うん」
「「審査が揉めに揉めて、先生同士が掴み合いのケンカになっちゃって!」」
「おいマジか」
まさかそんな激しい審査が行われていようとは思わず、わたしは目を見開いて驚いた。
「そ、そんでどうなったの? 結果は?」
さすがに緊張してきたわたしがゴクリと唾をのみ込んで訊ねると……。
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