「音楽院一のコンビ?」
音楽決闘当日。
といっても音楽院内で音楽決闘は行えない決まりなので、あくまで表向きは四校対抗戦の代表者決定戦という体だ。
体なのだが、わたしたちと双子の諍いのことはみんなが知っていた。
負ければ代表者としての資格だけではなく、奏者としての誇りまでも失われることを。
だからかけっこう注目は大きく、内々で賭けが行われているとかいう噂もあったりなかったり(定かではない)。
会場となったのは音楽ホールA。
音楽院内に複数あるホールの中でも最も大きな会場で、客席がステージに向かって段々畑のように配置されている。
ただの代表者決定戦であるにも関わらず、収容人数2000人のそれらはすべて埋まっている。
くじ引きの結果、順番は他の数組を終えて最後から二番目が双子、最後がわたしとハンネスということになっている。
ステージ袖の待合席に座っているわたしの傍でハンネスは……。
「うわあ……すごい、お客さん、いっぱいだ……」
分厚い緞帳の向こう側にいるお客さんたちを意識してか、今からガチガチに緊張している。
そのせいだろう、いつものどもりまで復活している。
「大丈夫だってば、ハンネス」
わたしはハンネスを落ち着かせようと、肩を叩いて陽気に笑いかけた。
「お客さんの数なんか関係ないの。取って食われるわけじゃあるまいし、今年はジャガイモが大豊作だなーぐらいに思っていれば平気平気。大事なのはあくまで自分、普段通りの演奏が出来るかどうかだけだから」
「そ、そうは、言うけど……」
ハンネスはどうしても気になるようで、チラチラと観客席を窺っている。
「今日は、その、うちの、家族も来てて……」
ほう、と思って目を凝らしてみると、上段の貴賓席にハンネスのお父さんの姿が見える。
その隣にはお母さんがいて、妹らしきコもいる。
しかもみんながみんなものすごい似てる。
お母さん版ハンネスというか、妹版ハンネスというか。
個人的には超々ほっこりする光景なのだが、家族の期待を一身に背負っているハンネスとしては気が気でないのだろう。
胃の辺りを押さえて苦しそうにしている。
「大丈夫よ、ハンネス。わたしたちは……」
再度激励の言葉をかけようとした瞬間、双子がわたしたちの横を通り過ぎた。
頭を整髪料で固めいつもよりオシャレをした双子は横目でハンネスを見やると。
「……なんやおまえ、ずいぶん変わったのう」
「練習やなくダイエットでもしとったんちゃうか?」
双子が驚くのも無理はない。
ハードなトレーニングと精神的なストレスの結果、ハンネスは劇的に痩せた(服のサイズがふたつ落ちたらしい)。
元が良かったのだろう贅肉の落ちた顔は驚くほどに整っており、またどことなく儚く守ってあげたくなるような風情を漂わせていて、年上のお姉さま方からの注目を浴びていた(本人はよくわかっていないようだったが)。
「ま、ええわ。ピアノ弾きは見た目よりも音楽で語るもんやし」
「せやせや、耳の穴かっぽじってよく聴いとけや」
すぐに興味を無くしたのだろう双子は、余裕の態度でステージに上がっていく。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
ステージに向かって左のグランドピアノの前に座ったのがミゼル──プリモ。
ステージに向かって右のグランドピアノの前に座ったのがアルゴ──セコンド。
ふたりが選んだのはゲーム中でも使われた曲、アレンスキーの『二台のピアノのための組曲第1番Op.15』……に、似た曲だ。
ロマンス、ワルツ、ポロネーズと続く曲構成自体は変らないが、原曲よりも旋律部分を長く多めにとった仕上がりになっている。
どうもクドい感じがして、ゲーム中ではそれほどいい曲だとは感じなかったのだが……。
「すごい……」
ハンネスが、敵だというのも忘れて賛辞の言葉を口にする。
「おしゃれで……甘いメロディ……女の子たちが夢中になってる……」
一卵性の双子というだけあって息がピッタリ。
ユニゾンや音の出だしもドンピシャリ。
特にすごいのはニュアンスの部分だろうか、哀愁漂うフレーズの聴かせ方が上手で、女生徒たちや審査の女性教師たちがうっとりと聴き入っている。
「……ふーん、クドさもここまでくればたいしたものね」
さすがは音楽院一のコンビと大言壮語するだけのことはあるなと感心する間にも、演奏は続く。
次のワルツはユーモラスな曲調だ。
音符が跳ねるように飛び回り、会場中を満たしていく。
それまで目にハートを浮かべていた女性たちの表情が、一転して楽し気なものへと変わる。
審査員席に座る例のバーコード頭の学年主任が「うむうむ」とばかりにうなずいている。
「ホントに、ミスが、ない。指の動き、すごい……」
ところどころある難しい旋律も、双子はなんてことないかのようにあっさりと弾く。
余裕たっぷりで、聴いている方も安心して聴いていられる。
最後はポロネーズだ。
壮大でカッコいい舞曲が、会場中を旋風のように吹きすさぶ。
終盤の超連弾をノーミスで弾きこなした双子が片手を挙げながら立ち上がると、皆がわっと沸いた。
「…………」
あまりの見事さに圧倒されてか、ハンネスは黙り込んでしまった。
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割れんばかりの拍手を背に受けながら、双子がステージ袖に下がって来る。
汗で濡れた顔にはやり切った者特有の笑みが浮かんでおり、会心の演奏だったことを雄弁に物語っている。
「おう、どやった。わしらの演奏」
「圧倒されたやろ。もう勝てへんって思ってるん違うか?」
「ま、今さら遅いけどな。絶対逃がさへんし」
「ま、そこのお姉ちゃんが裸踊りでもしてくれるんならワンチャンあるけどな」
「あのねえあんたたち……」
イラッとしたわたしが口を開こうとしたところ……。
「大丈夫、絶対逃げない」
ハンネスがわたしを庇うように前に立ちはだかると、双子を真っ向からにらみつけた。
「おまえたちの演奏は、たしかに素晴らしかった。でも、僕たちは負けない」
いつの間にかどもりも消え、顔つきには噛みつくような鋭さがある。
「ハンネス……」
あの時と同じだ。
双子からの無茶ぶりを受けたハンネスが初めて怒り、わたしとコンビを組むに至ったあの時と。
そうだ、このコは普段は自己評価が低く弱々しい男の子だけど、誰かのためとなったらどれだけでも勇気を振り絞れるんだ。
そのためならどんな努力も惜しまず打ち込める忍耐力も持ち合わせてるんだ。
わお、カッコ良いじゃないかハンネス。
いいねえいいねえ、男の子だねえ。お姉さんそうゆーの大好きよ。
「……ありがと、カッコ良かったよハンネス。おかげさまで勇気出た」
ハンネスの肩に手を置いて囁くと、わたしは改めて双子をにらみつけた。
「は、今の演奏がなんだっての? あれぐらいで勝ったつもりとか、脳みそおめでたいにもほどがあるんですけどー?」
「はああー?」
「なんやこの女、急に調子に乗りおって……」
「いいから、そこをどきなさい。席に座って黙って聴いてなさい。すぐに本物の演奏ってのを聴かせてあげるから」
わたしはハンネスを促すと、双子を押しのけるようにして先へ進んだ。
「行くわよ相棒。わたしらの演奏で、あいつらの薄っぺらいプライドを粉々に砕いてやりましょう」
そしていよいよ、わたしたちの順番が回って来た──
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