「揺るぎない決意」
さて、双子との音楽決闘が決まり、共に練習に打ち込み始めたわたしとハンネスだ。
二台四手ということで二台のグランドピアノが必要になった結果、練習場所は音楽棟の演奏室に決まった(さすがはグラーツ一の音楽院というべきだろう、二台用の練習部屋まである)。
利用可能時間は毎日の放課後から午後9時まで。
土日祝日も利用可能で、その場合は午前9時から午後5時まで。
利用可能時間はふたりの合わせに使いたいので、個人パートの演奏は各自が時間を捻出して行うことになった。
真面目な性格のハンネスだけに、暗譜はすぐに出来た。
音楽解析(わたしがモーツァルトのような作曲家を想像して書いたらこうなったという風に説明しておいた。うぐぐ、苦しい……)もあっさりと終え、あとは合わせなのだが、ここで問題が発生した。
高音部低音部ではっきりパート分けがされている四手連弾とは違い、二台四手は、ソロ×2だ。
プリモ、セコンドという区別こそあるものの、基本的には両者が丁々発止のかけ合いを行うことを前提としている。
つまり、両者の技術レベルが同程度の水準にあることを求められるわけだ。
モーツァルトの『二台のためのピアノソナタ』は、まさしくそういった状況を想定されて作曲された曲だ。
アウエルンハンマーという名の、モーツァルトの教え子の中で最も優秀だった女性に贈られた曲で、その分難易度も高い。
「ずいぶんと苦労してるみたいね」
頭を抱えているハンネスを見たリリゼットが、ハアと重いため息をついた。
「なんだったらわたしが出ようか? ソロ×2だったら、たぶんわたしのほうが上手くやれると思うし」
実際その通りではあった。
先にも言ったが、四手連弾と違い二台四手は奏者個人個人の技術そして互いの音楽性がバランスよくつり合うことが必要となる。
ハンネスの演奏は良く言えば繊細、悪く言えば丁寧だけど地味で、技術的な拙さも目立つ。
その点リリゼットならまったく問題無くつり合うのだが……。
「いや、ダメでしょ。この組み合わせで戦うことがそもそもの条件なわけだし」
ここまで見越しての双子の条件出しだったのは間違いない。
そしてそれは、悔しいけれど正解だ。
ふたりのバランスを上手く調整しないと、このままでは勝ち目がない。
「……いや、大丈夫。なんとかする」
わたしとリリゼットがああでもないこうでもないと話している傍で、ハンネスがつぶやいた。
相変わらず頭を抱えながらも、わたしの書いた楽譜をじっと真剣なまなざしで見つめている。
「本番まであと3週間ある。それまでに、絶対なんとかする」
「ハンネス……」
双子に挑戦状を叩きつけて以降、ハンネスは変わった。
今までなら逃げていただろうところを逃げなくなった、意見を差し控えていただろうところを控えなくなった。
良くも悪くも、ピアノ弾きらしい我を見せるようになった。
もちろん我を見せるだけではない。
それ相応の努力も怠らなかった。
本番までの残りの3週間、ハンネスは休みなく練習を行った。
家でもコツコツ地道に自分のパートを練習し、学校の休み時間にも机を鍵盤に見立ててトコトコ叩き、メキメキと腕前を上げていった。
その努力は凄まじいもので、本番前日にはなんと体重にして10キロ近くも減少していた。
あまりの変わりように不安になったわたしは途中何度も休養日を設けることを提案したのだが、そのつどハンネスは平然と答えた。
「この一曲を弾いたら倒れてもいいんでしょ? なら大丈夫、大丈夫」
それはまったく大丈夫ではないような気がするのだが、ハンネスの決意は断固として揺るぎなかった。
「ねえ、それに気づいてるでしょ? 双子のこと。あいつら、人前では『練習してない』、『あんなの相手にするだけ無駄』、『なんなら今からやったろか』みたいに言ってるけど、実際には猛練習してるじゃない」
いかに音楽院といえども二台用の演奏室は多くない。
双子とは嫌でも隣り合わせの部屋になることが多かった。
「音楽院随一のコンビが、テレーゼはともかく僕なんかのために猛練習をしてるんだ。それって意地のためもあるけど、純粋に脅威を感じてるんだと思う」
それが嬉しいのだと、ハンネスは言う。
「地味で根暗で今まで誰にも見向きされなかった僕が、一時とは言え表舞台に立てる。あいつらを焦らすことが出来る。こんな機会、たぶん今後一生無い。だから最後までやり切りたいんだ」
ネガティブなのかポジティブなのかわからないハンネスの言葉はとても実感のこもったもので、そう言われるともう返す言葉が無かった。
これが一生きりのチャンスと考えているコを止めるなんてこと、少なくともわたしには出来ない。
「わかったわ。でも、絶対無理はしないでね」
当日はお医者さんにステージ袖で待機してもらおうかしらなどと思いつつ、いよいよ本番当日となった──
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