「上等よ」
さて、ハンネスと共に怪我の治療をしたわたしだが、もちろんそれで終わりというわけではなかった。
わたしたちをここまで追い込み、傷つけた。
その落とし前はつけなければならない。
ハンネスへの暴力行為、わたしへのレイプ未遂。
きっちり退学まで追い込むつもりだった。
だがしかし、事態は想定外の方向へと動き始めた──
事件の翌日。
学院長室で行われることとなった聴聞会。
各学年主任や生徒指導、学院長などのお歴々たちの示した回答が信じられず、わたしは思わず椅子を立って声を荒げた。
「……はあっ!? 喧嘩両成敗につき不問に処する!? なんですかそれ!」
「座りたまえ、テレーゼ君」
「これだけのことをしでかした双子がお咎めなしなんて、あり得ないでしょう!」
わたし、そしてわたしの隣に座っているハンネスの傷を指し示しながら、その決定が間違いであることを主張するわたしだが。
「座りたまえ、テレーゼ君」
でっぷり太ったバーコード頭の学年主任が、口元をにちゃりとさせながら笑った。
「これだけのことをとは言うがね、テレーゼ君。君たちとミゼル君アルゴ君との間に因縁があるとの情報をわたしはすでに知っている。仲が悪く、事あるごとに衝突していたと。その上でだね、君とハンネス君の怪我の具合は、ミゼル君アルゴ君のそれと比べていささか隔たりがあるように感じられるんだがね?」
ミゼルは全身の至るところに包帯を巻き、アルゴは鼻の頭に大きな絆創膏を貼り付けた上で片腕を添え木で固定している。
いやいやいや、絶対そこまでの怪我じゃなかっただろ。ウソに決まってる。
「そんなのちょっと大げさにしてるだけで……! 実際にはまったくたいした怪我じゃなくて……! ただこの場で優位に立とうとしてるだけで……! ねえちょっとあんたたち、恥ずかしくないの!?」
「テレーゼ君」
やれやれとばかりに、学年主任は首を左右に振った。
「わかるよ。君の立場は。女の身でありながらピアノ弾きとして成り上がるには、相応の努力が必要。悲劇のヒロインとして扱われるのは、そういった意味で非常に都合がいい。そういうことだろう?」
「……はあ?」
何言ってんだこいつ。
そもそも因縁あるの知ってたならその時に止めろよハゲ。
「だが、クラスメイトを踏み台にするのはいかんなあー。ミゼル君とアルゴ君にだって未来はあるんだよ?」
「踏み台? ちょっと言ってる意味が……」
「だからさ、こう言ってるんだよ。君がハンネス君を利用して、ミゼル君アルゴ君にケンカを吹っ掛けた。にも拘わらず自分たちが被害者であるかのように振る舞い、世間からの同情を買うことで注目を浴び、ピアノ弾きとして大成しようと目論んだ。つまりはひと芝居打ったというわけだ」
「はあ? はあ? はああああーっ?」
「いいから座りたまえ。そしてこれで納得したまえ。君の複雑な身の上、そしてハンネス君の父上の学院に対する功績に免じて今回のことは不問に処す。ミゼル君アルゴ君も君たちを許すと言ってくれているようだから、今回のことは忘れて普通の学生生活をおくりたまえ、以上だ」
「はあああああああーっ!?」
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
「そんな! バカな! 話があるかボケエー!」
学院長室を出てからも、わたしの怒りは収まらなかった。
「こっちの話をまったく聞かずに! 向こうの肩ばかり持って! あげくの果てにはわたしを悪役に仕立て上げやがって! ああああああもう! 悪役令嬢だからっていくらなんでもマイナス補正付けすぎじゃない!? クソゲーだこれ!」
色んなものへの怒りが一度にこみ上げて来て、叫ばずにはいられない。
ハンネスも相当にショックだったようで、わたしの横を肩を落として歩いている。
「双子が、学年主任の、お気に入りなのは、知ってたけど……まさか、あそこまで、とは」
「なんで!? なんであんな奴らがお気に入りなの!? 裏でこっそりお金でも貰ってるの!?」
「──違うわ。あいつらの親はただの庭師だもの。そんなお金持ってない」
そう言ったのはリリゼットだ。
聴聞会が終わるのを待ってくれていたのだろう、クロードと共に近づいて来た。
「だったらなんでよ!?」
ホモか!? ホモなのか!? 双子と学年主任は出来てるのか!?
「単純に成績の問題ね」
「成績って、ピアノの……?」
「うん」
リリゼットの説明によると、双子は二台四手と四手連弾の達人であるらしい。
二台四手はひとつの曲を二台のピアノで演奏するもので、四手連弾はひとつのピアノをふたりで弾くもの。
共に高度な技術と奏者同士のシンクロやかけ合いが必要になる演奏形態であり、双子である彼らの十八番であるというのだ。
「音楽院同士の対抗戦なんかでもたびたび優勝してるし、学院の看板奏者でもあるのよ。悔しいけれど、その分野に関してはわたしでも勝てないわ」
「だから簡単には切れないってわけか。そのせいで余計に増長していると……うむむむむ……」
たしかに、それなら向こうの肩を持つのも理解出来る。
双子の成績がイコール学年主任の成績であり、音楽院全体の利益になることも。
だが、絶対に納得は出来ない。
このまま何ごともなかったかのように済ませてなどなるものか。
何かないか……何かないか……何か……何か………………ん?
「……二台四手と四手連弾の達人って言ったわよね?」
「ええ、言ったけど……」
「その分野で成績を残してるから切れないと。だったらさ、逆にわたしがその分野の看板奏者になればいいんじゃない?」
「え、まさかあなた……っ?」
「ええ、そのまさかよ」
驚き目を丸くするリリゼットに、わたしは力強くうなずいて見せた。
「音楽決闘よ。あいつらの得意分野で、真っ向から叩き潰すの」
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