「命令よ!」
新聞部のインタビューを早めに切り上げた、その帰り道のことだった。
フールレイカ山脈の彼方に沈む夕陽を遠く眺めながら、わたしはウッキウキで歩いていた。
重いストレスから解放されたせいもあって、スキップせんばかりの勢いで。
「いやあー、助かったわクロード。ホントにありがとうっ。あなたが止めてくれなかったら今頃わたし、ストレスで急性胃腸炎になって病院のベッドの上だったわ」
「いえ、本来ならばお嬢様がストレスを感じる前に防ぐべきだったのですから。それが出来なかった時点で評価は無きに等しいかと」
「なあーに言ってるのっ。そんなの人間に出来るわけないじゃないっ。あなたの仕事ぶりは完璧よっ、もっと誇るべきよっ」
「お嬢様の執事としては、もっと上を目指すべきかと思います。お気持ちはありがたいのですが」
わたしのお礼を、しかしクロードは頑なに固辞する。
頭を垂れ、ひたすら恐縮している。
「もうーっ、やめてよクロードっ。そういうのはさあーっ」
もっとちゃんとお礼をさせて欲しいのに、絶対させてくれない。
その辺ホントに素っ気ないんだよなあー、このコは。
まだ18歳なのに無欲がすぎるというか。
ま、そこがいいところではあるんだけどね。
無私無欲で、どこまでも真面目で機転が利いて頼りになって。
わたしの知らないところでは、きっと女子生徒にモテモテなんだろうなあー。
ほら、イケメン用務員キタコレ的な感じでさ。
もしかして、もう何度も告白されてたりして?
でも残念。
クロードにはもうすでに好きな人がいるからね。
きっとさ、そんじょそこらの女子じゃあ吊り合わないぐらいの素敵な人なんだから。
え、そんなのおまえの妄想じゃないかって? そもそも恋人なんかいないかもしれないじゃないかって?
チッチッチッ、わかってないなあー。
あの時のリアクションはそれぐらい尋常じゃなかったんだよ。
女心にも男心にも詳しくないわたしですらそれとわかるような、あからさまなリアクションだったんだから。
いやーしかしホント誰なんだろうね、このコの心を射止めたのは。
せいぜい変な女でないことを祈るけど……ってこれじゃあ年頃の息子を持ったオカン視点じゃないか。
心はともかく体は乙女なんだから、もっと乙女っぽいことを考えないと。
えーっとなんだ? 乙女っぽいこと乙女っぽいこと……乙女が好きそうなもの……オシャレにコイバナ……そうだスイーツだっ。
頭にピコンと豆電球を浮かべたわたしは(古典的表現)、勢いよくクロードに振り返った。
「そうだクロード。帰りに甘いものでも食べていかない? この前三番街で美味しそうなお店見つけたんだー。今度リリゼットたちと行こうかなと思ってて。どう? その下見みたいな感じでさ、一緒にさ。もちろんお代はわたしがもつけども」
「そんな、お嬢様に出していただくわけには……」
「いーのいーの、こうゆーとこは年上のわたしが支払いをどーんと……ってごほんげほんおっほーんっ!」
迂闊なことを口走りそうになったのを咳払いして誤魔化すと、わたしは無理やり続けた。
「これはさ、今日の一件もだけど、日頃の感謝もこめてのおごりだから。もちろんそれにしちゃあ安上がりではあるんだけどさ。ともかく受け取って欲しいんだよ」
「いやしかし……」
なおも拒もうとするクロードの鼻先で、わたしはビッと人差し指を立てた。
「ダーメっ。あのねクロード、これは命令だから。ご主人様がこう言ってるのよ。『あなたに甘いものをおごらせなさい』って。ほら、こう言われたら反抗できる? ほらほらあー」
うりうりとばかりに脇腹をつつくと、クロードはくすぐったそうに身をよじった。
「命令……わかりました。そういうことであればしかたありません。ありがたく頂戴いたします」
年下の女の子に甘いものをおごられる。
そのことが恥ずかしかったのだろう、クロードは恨めしそうに唇を噛んだ。
初めて見るそのしぐさがなんとも可愛らしくて、わたしはきゅんときてしまった。
「あらーっ、照れてるの? 照れてるのクロードっ? わあーっ、あなたってばそんな表情も出来るのねっ。可愛い可愛いっ」
「ちょっ……お嬢様、そのようにくっつかれては人の目が……」
「わあわあっ、照れてる照れてるっ。かーわーいーいーっ!」
……クロードの腕に飛びついてぎゅっと抱え込んで、下から顔を覗き込んで……思わずしてしまった自らの行為がいかに恥ずかしいことであるかを悟るのは、その夜のことだった。
布団をかぶりながら顔を赤くし悶え苦しみ、なかなか寝付くことが出来なかった。
うううう……36歳喪女が調子に乗りましたすいません……。
毎日更新さすがにキツくなってきました。すいませんが一週間ほどおやすみをいただきます。申し訳ない。
テレーゼの活躍が気になる方は下の☆☆☆☆☆で応援お願いします!
感想、レビュー、ブクマ、などもいただけると励みになります!




