「インタビュー」
わたしの小品集が出版されてから、少し経ったある放課後のことだった。
音楽院のお高めのカフェで、わたしは新聞部のインタビューを受けていた。
部員はふたり。
ハキハキした印象のメガネ女子エリスと、のんびりした印象ののっぽ男子キース。
男女比率8:2の音楽院だが、やはり喋るとなれば女が強いということなのだろう、エリスが質問役でキースが筆記役という役割のようだった。
「テレーゼさん、今日は取材にご協力いただき、ありがとうございます」
「いえいえ、わたしなんかに聞いても特に面白い答えなんか返せないと思うので、むしろ申し訳ないぐらいなんですが……」
提供されたココアをひとすすりすると、わたしは伏し目がちに言った。
いやあホントにね、わたしってばそうゆー人を楽しませるようなことが言えないつまらない人間だからね。
「なのであの、ものすっごいつまらない紙面になったりするかもなので、その辺了承しておいてもらえると……」
「ではさっそくですが、テレーゼさんはご自分が生徒たちになんと呼ばれているかご存じですか?」
長々としたわたしの言い訳をぶった切るように、エリスが切り出した。
しかもまったく想像していなかった切り出しだ。
「なんと呼ばれてるか……? えっと、あだ名とかそういう……?」
なんだろ、『ザ・悪役令嬢』とか?
いやいや、それは以前のテレーゼの話だし、こっちに来てからはそんなムーヴかましてないし。
だったら『お嬢様の皮を被ったおばさん』とか?
それに関しては弁明のしようもないけど、一応表面上は取り繕ってるつもりなんだけど。
んー、いったいどんなのだろう?
願わくば、少しはマシなイメージのものであるといいのだが……。
「『聖女様』だそうです」
ブフウウゥーッ!
あまりの衝撃で、わたしは思わず口に含んでいたココアを吐いてしまった。
「わ、大丈夫ですかテレーゼさん!?」
「げほっ、えほっ……え、ええ大丈夫です。ちょっと気管に入っただけで……。そ、それよりちょっといいですか? 今なんか、『聖女』みたいな単語が聞こえてきましたけど、それってどういう意味のですか?」
「それはもちろん、慈愛に満ちた女性であるとか、神聖な事柄を成し遂げた女性に贈られる尊称としての『聖女』ですね」
「な、なんでわたしが……?」
「え? そりゃあだって……」
エリスは不思議そうに小首を傾げた。
「自らの楽曲を売って得たお金をすべて孤児院や修道院に寄付して? それなのに下町の長屋住まいで暮らしぶりは質素そのもので? 生活費もバルのピアノ弾きをして自分で稼いで? そのバルの子供にピアノを教えてあげて? しかも子供の成長まで考えた素晴らしい指導ぶりで? 『金曜会』という集まりも開いて演奏技術の未熟な同級生たちにピアノを教えて? これだけ重ねれば、そりゃあ『聖女様』呼ばわりしたくなるってもんじゃないですか?」
ブフウウゥーッ!
「うわ、テレーゼさんまた……っ? ほ、本当に大丈夫ですかっ?」
「えほっ、げほっ……いやホント、大丈夫ですから。 気にしないでください……っ」
わたしは盛んにえづきながら、口元をハンカチで抑えた。
ううむ……改めて自らの行いを並べてみると、たしかにそのように受け取られてもしかたないのはわかる。
この前アイシャとミントが校内新聞に売り込むとか騒いでいたし、そこから生じた呼び名なのだろう。
しかしまさか、よりにもよってこのわたしが『聖女様』? こちとらテレーゼだぞ? 元とはいえ悪役令嬢ぞ?
ゲーム中で『聖女』と呼ばれるのはメインヒロインであるレティシアのみのはずで、それだってどんな傷でも病気でも治せる『癒しの奇跡』というチート級能力があったからで……。
わたしは本気でピアノしか弾けないんだが……それ以外の能力はほぼほぼ無いポンコツなのだが……。
ああでも、数多の巨匠の名曲を暗譜しているというのはここグラーツにおいては最大のチートなのかもしれない。
うーんしかし、このままというのは非常に良くないのでは?
レティシア以外の『聖女』の存在を、アンチテレーゼなゲーム制作陣が許すとも思えないのだが……。
何かとんでもない急にトラブルが襲って来たりとかしたりして……ひいいー、怖いようー。
背筋を震わせて怯えるわたしに、さらにエリスは追い打ちをかけてきた。
「しかもほら、小品集がすんごい売れ行きだそうじゃないですか。一千部が予約で埋まって、増版した1千部も店頭完売で」
「うっ……?」
「年間の売り上げでもトップ3に入る勢いで、次の作品の催促もすごいんですってね」
「ううぅっ……?」
「聞きましたよ? 年末には出版社主催のコンサートを開く予定だって。まだ3曲しか出していない新人に、これは異例の対応だって」
「うううううっ……?」
「そういえば今度、孤児院と修道院から感謝状が届くとかって話じゃないですか。テレーゼお姉さんありがとうって、可愛らしい子供たちの手紙付きで」
「きゅうううううー……」
「ってあれ!? テレーゼさん!? テレーゼさんどうしたんですかそんなぐったりして!? どこか具合が悪かったり……!?」
「うう……気にしないでください。持病のザコメンタルがあれであれなだけなので……」
ストレスで胃がマッハになったわたしは、目をぐるぐる回してテーブルに突っ伏した。
いやあたしかにね、コネが出来るよう行動してはいたつもりなんだけどね。
あまりに動きが急すぎるんだよなあー。
こんなのわたしみたいなパンピーには耐えられないんだよおー。
などと胸中で呻いているところへ、クロードが声をかけて来た。
「お嬢様、体調もすぐれないご様子ですし、もうこの辺にされては?」
絶妙なタイミングでの助け船に、わたしは全力で飛びついた。
「そ、そうね。なんだかんだで調子悪いみたいな気がするし、無理に頑張って本格的に体調崩してもあれだしねっ。自己健康管理は大事だしっ。てことでおふたり、いささか中途半端ではありますが、今日はここまでにしてもらっていいですか?」
戸惑うエリスとキースに両手を合わせて謝ると、逃げるようにその場を後にしたのだった。
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