「会社訪問」
さて、ハンネスのお父さんの会社である『ジングライヒ社』にお伺いを立てた数曲だが、無事審査を通って出版という運びになった。
いくつか質問したいことがあるというので、今日はお礼も兼ねて会社までやって来た。
ハンネスと一緒に、クロードをお供に。
「ひゅうー、ここが出版社かあー、こうゆーとこは初めてだから緊張するぜえー」
社屋はレンガ造りの5階建ての、瀟洒な建物だった。
1階には受付があり、そこにはシャンとした受付嬢が座っていて、わたしは頭をペコペコ下げながらその脇を通った。
「大丈夫、もう出版は、決まってるし、お父様も、優しい人だし」
緊張でガチガチになってるわたしをリラックスさせようと、ハンネスが盛んに話しかけて来る。
「そうはゆーけどさあー、受験の時もそうだったけど、わたしってばこうゆーの壊滅的に苦手なのよねえー……」
胸をドキドキさせながら会議室に入ると、待っていたのは社長さん以下重役、各担当部長がズラリ。
ひいぃーっ!? なんでこんなにお偉いさん率が高いの!? 7……8……9人もいるんだが!?
元々緊張してるのに、さらに権威でプレッシャーをかけてくるのはやめてほしいんだがー!?
内心で悲鳴を上げたわたしだが、ハンネスのお父さんであるイネスさんを見た瞬間にその緊張はぶっ飛んだ。
いやあだってさ、あまりにもハンネスに似てるんだもん。
ぽっちゃり体型で、メガネの度が強くて、ハンネスを大人にしたらたぶんこうなるだろうという感じ。
もちろんハンネスと違って立派な大人ではあるのだけど、その辺の微妙な違いがまた笑えてしまうというか。
おかげさまで超絶リラックス出来た。
もはや親戚のうちに遊びに来たぐらいのゆったりした気持ち(それは落ち着き過ぎかもだが)。
「はじめまして、テレーゼと申します。本日はよろしくお願いいたします」
椅子に座ったわたしは、余裕を持ってお偉いさんたちに対した。
様々な質問が飛んで来たが、すべてよどみなく返すことが出来た。
ニッコリお嬢様な笑みを浮かべることにも成功、ホントに調子いい。
──ハキハキとした受け答えで、好感がもてますな。
──まったく臆することなく、堂々としている。年齢に似合わぬ落ち着きだ。
──音楽の知識もすごい、専門的な教育を受けているようですな。
──クラウンベルガー音楽院に今年入学したということは、それ以前にすでにあれほどの曲を……?
お偉いさんたちの反応も上々。
あーあ、受験の時もこれぐらいリラックス出来てたらなあー。
ま、もう昔のことだからいいんだけどさ。
「質問は以上です。曲に関しても、当社のピアノ弾きに弾かせたのでその出来については疑いの余地がありません。ただ、息子の話によれば、テレーゼさん本人が弾いたものとはまったく異なるとのことで、ご本人の演奏を聴かせていただければなと思うのですが、いかがでしょうか」
イネスさんから急な申し出、まあそれぐらいなら問題ないかな。
「わかりました。では失礼して……」
会社室の隅に設置されているアップライトの前に座ると、わたしはさっそく演奏を始めた。
弾くのは今回出版されることとなった小品集の3曲、ベートーヴェンの『エリーゼのために』、シモーツァルトの『きらきら星変奏曲』、ショパンの『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』。
精神が安定しているせいか今日はいつもより体が軽く指がくるくる動き、お偉いさんたちのハートをがっちりキャッチすることが出来た。
演奏を終えた瞬間、みんなはスタンディングオベーション。
──これは素晴らしい、聞きしに勝るだ。
──さすがは東西両地区の最強決闘者。
──これはご婦人層にウケますぞ。サロンで引っ張りだこだ。
──夜会などのイベントも開いたほうがいいのでは?
わいわいと嬉しそうに語り合う姿は、どこか子供みたい。
ああ、みんな音楽好きなんだなあ、こういうとこは世界が違っても共通してるんだなあと、わたしがほっこりした気分になっていると……。
「テレーゼさん、ありがとうございます」
イネスさんが興奮ぎみに話しかけて来た。
「素晴らしい演奏でした、いや、想像以上だった。聞けば、他にも楽曲はあるのだとか。そちらの出版も含めて、今後とも末永くおつき合いいただきたい」
両手をガッチリと掴まれ、どうやら相当気に入られた様子。
「代金を孤児院や修道院に寄付するという志も素晴らしい。まさしくあなたは現代の聖女だ」
「い、いやいやいや、それほどでも……」
巨匠の名曲を弾くだけでこんなに褒めてもらって、むしろ悪いような気持ちなので……。
「そうだ、テレーゼさん。よろしければわたしどもにテレーゼさんの活動のお手伝いをさせていただけませんか?」
「活動の……手伝い?」
「ええ、まずはテレーゼさんのご活躍を我が社の新聞と雑誌で紹介させていただいて」
「新聞……雑誌……っ?」
たしか『ジングライヒ社』の音楽新聞は発行部数1万部、雑誌の方が3千部だったか。
こう書くと少ないと思われるかもしれないが、とんでもない。
この時代の新聞や雑誌なんてのは回し読みが当たり前、音楽カフェやバルのマガジンラックに納められているのを銅貨1枚ぐらいでみんなが読むのが普通だ。
だいたい1部を8~9人ぐらいで読むというから、ざっくり計算で8~9万人の目に届くと。
んでグラーツの人口が30万人超というから、実に4分の1ぐらいの人の目に届くと。
それって割ととんでもないことなのでは……?
わたしってば、めっちゃ有名人になってしまうのでは……?
サングラスと帽子とマスクを被って顔を隠さないとなのでは……?
「お宅にはピアノがないとのことなので、我が社から一台贈呈させていただきたい」
皮算用を始めたわたしに、イネスさんはさらに驚くべき申し出をして来た。
「ピアノを……一台……っ?」
普通の家に置くならアップライトだろうけど、それでも金貨10枚以上はするはずでは……?
「あ、あのー……そこまでしてもらうのはさすがに気が引けるのですがー……」
「あなたの才能を正しく評価した結果です。むしろこれでも足りないぐらいだ」
なんとか断ろうとするのだが、イネスさんは一歩も退かない。
ああ、こうゆー思い立ったら譲らないところはハンネスそっくりだっ。
んでけっきょく──
ピアノはなんとか断ったが、音楽新聞と音楽雑誌には記事が載せられることとなってしまった。
うおおー、明日からいったいどんな顔して登校すればいいんだーっ?
などと懊悩するわたしだが、驚きはそれだけにとどまならかった。
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