「二度目の学生生活、始動」
入学式から少し経った、ある日のお昼。
貧乏学生向けの安価かつボリューミーなメニューを提供することで有名な大食堂で、わたしたちは食事をとっていた。
今日の日替わりメニューはチキンのトマト煮込みフライドポテト添えとキッシュのサラダ添えが大きな皿2枚にドドンと盛られ、おまけにコーンスープまで付いて、なんとなんとの銅貨3枚(300円)。
空恐ろしいほどのコスパの良さは、さすがは大食いの集う音楽院の学食といったところだろう(音楽家って大食い率高いと思う。や、わたしだけじゃなく……)。
しかもこれが美味いんだ。
特にメインであるチキンのトマト煮込みがもう絶品で、ハーブの香ばしさとチキンのホロホロ加減が国宝級で。
「美味しいーっ、美味しいようっ。おばちゃんありがとうっ。わたしの独断と偏見でノーベル平和賞をあげるようっ、おばちゃんの愛が世界を救うようーっ」
厨房で働くおばちゃんたちにぶんぶん手を振りながらお礼を言っていると……。
「……ちょっと、ご飯食べたらすぐ機嫌直ったわよ。さっきまであんなにどよんとしてたのに……」
「……ま、そんなもんでしょ。この人ってピアノと食欲だけで生きてる部分あるし。というかまた変なこと言ってるし……ノーベル平和賞ってなに?」
同じテーブルを囲んでいるリリゼットとアンナが呆れたようにコメントすると。
「……先生、そんなに大変だったんですか?」
「お嬢様の気をわずらわせる愚か者どもを、今から成敗して参りましょうか?」
やはり同じテーブルを囲んでいたウィルが涙目になって心配してくれ、休憩中のクロードが危ない目で危ないことを言い出した。
わたしがどよんとしていたのは、当然だけどミゼルとアルゴの件でだ。
あのふたり、何が気に入らないのか事あるごとにわたしとリリゼットに突っかかってくる。
嫌がらせやイタズラの数が、ほんっとーに半端ない。
先生に言いつけようにもクラス担任のイライザ先生は新任でしかも気が弱い人なので、不良であるふたりを怖がってなにもしてくれないし、不満は募るばかり。
でもまあ……さすがにね?
「あー、言っておくけどクロード。成敗するのはダメよ、ダメ」
「しかしお嬢様……」
忠実なる執事の鏡クロードは、主人の危機に黙っていられない様子。
「ダメだってば。わたし、身内から犯罪者なんか出したくないからね? クロードあなた、わたしをこんな異国の地でひとりにするつもり?」
「そ、それは……っ」
殺し文句が効いたのだろう、クロードはぎゅっと唇を噛むと、膝の上で拳を握って頭を垂れさせた。
「申し訳ございません、お嬢様のお気持ちも考えず……」
ごめんねクロード。キツい言い方しちゃって。
でも、こうでも言わないとあなたは止まってくれないでしょ?
わたし、ホントにあなたに捕まって欲しくはないんだよ。
んーでも、しかしなあー。
このままというわけにはいかないというのも事実なんだよねえー。
成敗はダメでも、せめて理由が知りたいなあー……。
「ねえ、リリゼット?」
ウインナーをブリンッと齧ると、わたしはリリゼットに聞いた。
「あのふたり、なんであそこまでわたしたちを目の仇にしてくるの? わたしたちってば、気が付かない間にあいつらの親でも殺してた?」
「理由自体はわたしも知らないわ」
わたしの問いに、リリゼットは肩を竦めた。
「あのふたりは幼なじみでね、信じられないだろうけど昔は一緒に遊んでたこともあったの。3人で秘密基地を作ったり、探検ごっこをしたり、色々。でも、いつの間にか仲が悪くなった。といってもわたしが悪いわけじゃないのよ? 向こうが勝手にわたしを遠ざけ、悪口を言ったり嫌がらせをして来たり……。最初は困惑してたわたしも、そのうち憎しみの方が大きくなってね……」
「……いつの間にか、今みたいな関係になったって?」
「うん」
「……右の頬を打たれたら左右の頬を打った上でみぞおちに蹴りを入れるような関係になったって?」
「うん」
「いったいどうゆーことなのよそれ……」
幼なじみであるリリゼットにすらわからないのであれば、異世界人であるわたしにはなおさらわかるまい。
かといって、このままにしておくわけにもいかない。
嫌がらせ、倍返し。
嫌がらせ、倍返し。
不毛な連鎖をどこかで止めないと……。
「このままじゃ、当初の計画が台無しだよお~……」
頭を抱えるわたしに、しかしリリゼットは気楽な様子で。
「大丈夫だってば。あなたが何かされたらその分わたしが倍返してやるし。いつも言ってるけど、あなた自身はピアノを弾いてるだけで、きっとみんなから認められる存在になるんだってば」
「んん~……そうは言うけどさあ~……」
今のところ、まったく成果は出ていない。
双子を恐れてだろう、みんなは私に話しかけてこない。
授業中にどれほど上手く弾いても、拍手すら起こらない。
「いっそこっちから話しかけてったほうがいいのかなあ~……でもなあ~……」
挨拶とかはきちんとしてるけどさ、話をしようとすると怖がって逃げられることが多いんだよねえー。
かと言って無理やり捕まえるわけにもいかないし。
んー……いったいどうすればあー……?
「あのー……テレーゼさん?」
悩んでいるところへ、いかにも恐々といった感じで話しかけてくる女子がいた。
誰だろうと思って振り返ると、そこにいたのはアイシャとミントだ。
銀髪のおかっぱ頭の、双子のように似ている仲良しコンビ。
わたしと同じクラスで、いつもセットで行動している。
外見に派手さはないけどどちらも小さくて可愛くて、わたしは心の中で子リスちゃんズと呼んでいる。
「ごめんね? いきなり話かけて。その……クラスだと話しかけづらいから……」
「双子怖いし……わたしたち女だし……」
もじもじしながらアイシャが話し、ミントも盛んに周りを気にしている。
「……あー、たしかにね」
このゲームにおける女性の立場というのは実に低い。
音楽に関しても男性のものであるという風潮が強く、音楽院の男女比率も8:2ぐらいになるだろうか。
リリゼットやアンナみたいな気の強い女の子が身の回りにいるから時々忘れがちになるけど、そうなんだよねえー。ここって女の子には通いづらい学校なのだ。
「わたしたち、テレーゼさんの曲をもっと聴いてみたいなって思ってて……。すごく綺麗で、美しい曲だから……でもなかなか、機会がなくて……」
「あれって、異国の作曲家の曲なのよね? その……出来れば譜面も見せてもらえたらなんて……虫のいい話なんだけど……」
もじもじしながら、ふたりはわたしにお願いしてくる。
「ほら、テレーゼ」
リリゼットが「やっぱり来たじゃない」とばかりにウインクして寄越した。
ああそっかと、わたしは遅れて気がついた。
わたしはただピアノさえ弾いていればいい、そうすれば向こうから来てくれる。
これが、ずっとリリゼットが言ってたことなんだ。
「……っ」
気づいた瞬間、胸の内がじんわりと暖かくなった。
自然と頬が弛み、笑顔が浮かんだ。
「アイシャ、ミント、話しかけてくれてありがとう。嬉しいわ。曲の件ももちろんOKよ。じゃあどうしよう、あとで演奏室でも借りましょうか? 放課後にみんなで集まって、ね?」
わたしの快諾に、ふたりは「わあっ」と顔を輝かせた。
その後も「思い切ってよかったね」とか「今から楽しみっ」と喜びを露わにしている。
うんうん、無邪気な様子が可愛いのうー。
「も、もしよければ、僕も、お願いしたいんだけど……」
盛り上がるふたりの横から話しかけて来たのは、やはり同じクラスのハンネスだ。
ぽっちゃりした体型の男の子で、頬にそばかすが散っている。
メガネの度が強く、いつ見ても楽譜や音楽理論の本を読んでいて、いかにもな気弱な男の子といった印象だったのだが……。
「僕は、男だけど、音楽に、男女は、関係、ないし……」
顔を赤くして、どもりながらも必死に言葉を紡いでいる。
このコなりの精いっぱいなのだろう、頬を大量の汗が伝っている。
「ダメ、かな……?」
恐る恐るといった風にわたしを見るハンネス。
その健気な様子に、わたしは自然と笑顔になった。
「ダメなんてことないわ。わたしも男女なんて関係ないと思うもの。ハンネスも、アイシャもミントも、みんなで行きましょう。みんなで弾いて、みんなで音楽を楽しもう」
わたしの快諾に、ハンネスはほっと胸を撫で下ろした。
すかさずリリゼットが演奏室の使用届を出すことを請け負ってくれ──ウィルが目を輝かせながら「ボクも行きますっ」と意気込み──アンナが「……まあ、暇だし?」とお決まりのツンデレリアクションをとり──クロードが「お嬢様にまた友人が……っ」と口元に手を当てて感動してくれた。
二度目のわたしの人生の、二度目のわたしの学生生活が動き出した。
それはまさに、そんな瞬間だった。
学食好きです。もう一回行きたい。
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