「意外とバイオレンス」
クラウンベルガー音楽院は、生徒数2000人を超す大きな学校だ。
年齢層は6歳から10歳までの小等部と11歳から15歳までの中等部、16歳から18歳までの高等部に分けられている。
学年ごとのクラスというものは存在せず、各年齢層ごとに専門のクラスで授業を行う。
専門というのはピアノだったりヴァイオリンだったりフルートだったり声楽だったり指揮だったり、ともかくそんな感じのがたくさんある。わたしはもちろんピアノのクラス。
入学式の終わった後クラス分けが発表され、リリゼットと共に音楽院の廊下を歩いていた時のことだった。
一緒のクラスになれて良かったねなどという話の流れからそういえば今朝ね、という話になり……。
「はああー、ホントに? あなたの執事ってそこまでするの?」
クロードの転職の件を聞いたリリゼットは目を丸くした。
「いくらご主人様が大事だからっていっても職場まで変える? はああああ~……」
「そうなのよー。いやあ、すごいすごいとは思ってたけどそこまでするかなあーと……」
ふと窓の外を見やると、紺色の作業服を身に着けたクロードの姿が見えた。
竹ぼうきを手にちょっとありえない速度で落ち葉を掃き集めているのを、お爺ちゃんの用務員が呆然として眺めている。
わしの仕事が無くなるんじゃが……みたいな感じ。
「あれもたぶん、早く仕事を終わらせてあなたの護衛に付きたいと思ってるからでしょ。本気で午前中にはあらかたの仕事終えちゃうんじゃない?」
「うん……たぶんね。あははははー……」
我が執事ながら、凄すぎて引くレベルだ。
「ホント、クロードには頭が上がらないわ。こりゃあこっちもこっちで頑張らないとだなあー……」
わたしの目的は音楽の勉強だけじゃなく、お偉いさんの子供たちとコネを作ること。
そんでもって、身の安全を図ることなのだ。
がんばるぞいとばかりに拳を握ると、わたしは歩みを進めた。
高等部の3つあるピアノクラスのうち、わたしたちが所属することになったのはクラスA。
幸いにもリリゼットと同じクラスになれたので不安はそれほどないが、なんせええと……何年ぶりだ?
マジで学生生活がひさしぶりすぎて、どう振る舞っていいかわからない。
クラスへの入り方はもちろん、挨拶の仕方すらわからない。
「ええと……どうすればいいんだっけ? おいーっす、とか軽い感じで? それとも初めましてみなさまご機嫌麗しゅう、みたいなお嬢様チックに? ねえリリゼッ……」
「はいはい、そうゆーのどうでもいいから早く行くわよ」
「え、ちょま……っ?」
「言ったでしょ。変に取り繕うことはないって。あなたは普通にしてればいいの。最初はちょっと戸惑うこともあるかもしれないけど、そんなのあとからいくらでも取り返せるんだから」
「そ、そうは言うけどさあーっ」
リリゼットにぐいと手を引かれたわたしは、十分な心構えをする暇もなく教室に足を踏み入れることとなった。
すると、それまで賑やかだったクラスが一瞬にして静まり返った。
お喋りしていた人は話をやめ、本を読んでいた人は顔を上げ、30名近くの男女がじっとこちらを見ている。
「え、ええと……ヘロウ、エブリワン?」
笑顔と泣き顔の中間ぐらいの表情でひらひら手を振ったが、誰ひとり反応を見せない。
困惑と、じゃっかんバカにしたような空気が流れた。
んー、厳しいですねー。
このシラッとした感じ、心臓にきますねー。
というかなんでこんなに注目を浴びてるんだわたしは?
ああーでもそっか、実質転校生みたいなものだから当たり前か?
考えてみれば小中高一貫の学校みたいなもんだもんな。
6歳で入学してそのまま10年間過ごして、いうならばほとんどの人が幼なじみみたいな状況で、そこへ16歳から合流するってのは実は大変なことなんじゃないか?
これからの学生生活に不安を覚えている間にも、リリゼットはわたしの手を引いてぐいぐい行く。
向かうのはどうやら窓際の後ろの空席ふたつのようだ。
おやおや、なんだろう?
どちらにも花瓶に百合の花が生けてあるのだが……えっと、これってどういう意味だっけ……。
なんかこうゆーの、日本のドラマで見たことある気がするなー、なんだったかなー。
首を捻っていると、急にリリゼットが足を止めた。
なんだろうと思って肩越しに顔を覗かせると、茶髪の男子が通路に足を投げ出すようにして座っている。
顔は整ってるけど糸目で、一発で悪役だとわかる感じ。
ほら、糸目って悪役じゃん。最初は味方でも最後には絶対に敵に回るやつじゃん(偏見)。
「……どきなさいよ、ミゼル」
低い声でリリゼットが言うが、ミゼルと呼ばれたその男子は顔のよく似たもうひとりの男子と笑い合っていて(間違いなく双子)、まったく足を動かそうとしない。
「……警告はしたわよ」
リリゼットは足を引いたかと思うと、そのまま容赦なく前に蹴り出した。
当然、途上にあったミゼルの足は蹴り飛ばされることとなり……。
「痛ったああああ……なにするんやああああっ!」
ミゼルは足を抱え、関西弁に似た訛りで悲鳴を上げた。
「言ったでしょ、どきなさいって」
「だからっていきなり蹴るやつがどこにおるんや! もすこし穏やかな手段なかったんか!」
「そうゆーのは相手を選んで使うわ。あなたなんかにはこれで十分」
「なんちゅー女や! 信じられん!」
「信じられなくてけっこう」
ミゼルの文句をピシャリはねつけると、リリゼットは次に自分の机に載っていた花瓶を持ち上げた。
いったい何をするのだろうと思っていたら、あろうことか、ミゼルによく似た男子の頭にゴツンと叩きつけた。
「あんぎゃあああああ!? わしはなにもやっとらんやろうがああああ!」
「『死』を意味する花を机に置いとくなんて陰険なやり口はあなたしかしないでしょ、ねえアルゴ?」
花瓶が割れんばかりの勢いで叩きつけたので、アルゴという名の男子は頭を抱えて悶絶している。
「ほら、あなたもやる?」
リリゼットはわたしの机の上に載っていた花瓶を差し出して来るが、さすがにやるわけない。
わたしはぶんぶんと首を左右に振った。
「いやいやいや、別にいいわよ。そこまでしなくても」
「あ、そう。でもわたしはやるわ」
「え」
止める暇も無かった。
リリゼットはもうひとつの花瓶を持つと、ミゼルの頭に叩きつけた。
「なんでやああああああ!?」
さすがは双子、ミゼルはアルゴとそっくり同じ格好で悶え苦しんでいる。
──……まーた始まったよ。
──リリゼットが折れるわけないんだから、あのふたりもやめりゃいいのに……。
──そういやこの前、椅子にセットしてあった画鋲を頬に突き刺してたっけ……。
──一番ひどいのはあれでしょ。黒板消し投げつけられたのにキレてドロップキックを……。
クラスメイトたちはこの光景にドン引き。
漏れ聞こえてきた逸話のひどさに、わたしもドン引き。
やだこのコ、お嬢様のくにせなんてバイオレンスなの……?
あーでもそっか、最近は仲良くしてたから忘れてたけど、最初はけっこう敵意剥き出しだったっけなあー……。
そっかあー、男子にもまったく退かないどころか倍返しにする系のコなんだあー……。
しかし、花瓶はわたしの机にも置かれてたわけで、これはこれからの学生生活に暗雲が立ち込めて来たのでは……?
リリゼット強し。
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