「慎ましやかな表現でお願いします」
クラウンベルガー音楽院に合格してからしばらくたち、今日はめでたい入学式の日だ。
朝食をとり制服に着替えたわたしは、姿見の前にひとりはしゃいでいた。
音楽院の女子制服はライトグレーのワンピース。
襟は白い丸襟で袖も白と、いかにもな清純路線だ。
日本だったら名門の女子高とかの指定制服っぽい感じで、テレーゼが付けるとお嬢様臭が半端ない。エレガント感マシマシで超可愛い。
「わあーっ、試着の時も思ったけど、改めて素敵っ。ね、可愛いでしょこれ? ね、クロード?」
スカートの裾をつまんで制服姿を見せびらかしていると、クロードはいつものように厳かにうなずいた。
「ええ、お嬢様。とても可愛らしくてございます」
「え、ちょっと待ってちょっと待って。一応今のは制服のことを言ったつもりだったんだけど、その言い方だと勘違いしちゃうというか……。その、わたしが可愛いみたいに聞こえるというか……」
普段そんなこと言いそうにない真面目人間クロードだけに、面と向かって可愛いとか言われると強烈だ。
心臓が激しく脈打って、顔も真っ赤になってしまう。
ワンチャンわたしに惚れてたり? とか思ってドギマギしちゃう。
ももももももちろんそんなことあるわけないんだけどねっ?
クロードには他に好きな人がいるんだからねっ?
「あ、あのね? 一応言っておくけどね? そんなのその辺の女の子にほいほい言っちゃダメだよ? クロードみたいなイケメンに言われたら、みんなすーぐ勘違いしちゃってぽーっとなっちゃうんだからっ。そのくせ特別気があるわけじゃないなんてのは、ほとんど犯罪チックなことなんだからっ」
いかにそれが思春期の少女たちにとって毒であるかを力説するわたし。
するとクロードは厳かにうなずき。
「ええ、承知いたしました。今後はお嬢様にしか言わないことにいたします」
「うがあああああっ、そうゆーことじゃないんだよーっ。今のは世間一般の女子の心配をしている感じで言ったんだけど、実際にはわたし自身の心配をして言ったんだよおーっ。これ以上ドキドキさせられたら小さな胸が爆発しそうだかあああって誰が小さな胸じゃーいっ」
もはやお嬢様キャラを保つことも出来なくなって(言うほど保ててはいないが)、関西風にノリツッコむわたしだ。
「とにかくそうゆー直接的表現は慎むようにっ。褒める時はなるべくわたしじゃなく物のほうを褒めることで間接的にわたしを褒めることっ? 言うならば間接照明的な感じでっ。 いいっ? わかったっ?」
「ええ、承知いたしました。可愛らしい制服がよくお似合いでございます、お嬢様」
「う……うんまあ、それぐらい……なら……?」
……いや、やっぱりあんまり変わってないような?
オブラートに包んだだけで、けっきょく心臓に悪いのは同じなような?
と、ともかく落ち着こう、深呼吸をするんだ。
ひっひっふー、ひっひっふー。
あれ、これラマーズ法か?
ああー、もう何がなんだかわかんないよーっ。
などと、お目々をぐるぐるさせていると……。
「それはそうとお嬢様。そろそろお出かけになる時間かと……」
わたしの痴態を見るに見かねたのだろう、クロードが助け舟を出してくれた。
明らかに時間には余裕があるのに、さも今行かなきゃ間に合わないというような口調で言って来た。
「おっととと、そうだった。入学式にいきなり遅れたりしたら末代までの恥……は言い過ぎだけど、後々までネタにされかねない失点だからね、今日が学生デビューの身としては、早めに行かないと」
わたしがスイッチを切り替えると、ではさっそくとばかりにクロードが玄関のドアを開け、家の周囲に視線を走らせる。
いつものルーチンワークで、わたしの安全を確保してくれているのだ。
「そうだ、お嬢様。申し遅れました」
「うん、なあに?」
安全確保後、くるりとわたしの方を振り向いたクロードは平然とした顔で。
「建築作業の仕事は昨日で辞めました。今日からは音楽院の用務員として常にお傍におりますので、学内にあってもご安心ください」
などと、とんでもないことを言って来た。
新章突入です!
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