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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第三楽章:レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」

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「ウィルとクロード」

 ~~~ウィル視点~~~




 テレーゼが休んだその日、『酔いどれドラゴン亭』は暇だった。

 夕飯のかき入れ時だというのに、お客さんが半分も入っていない。

 それもこれも臨時雇いのピアノ弾きが眠たい音を奏でているせいだと思うと、これからの店の運営に不安が出てくる。

 跡継ぎであるウィルにとっては気が気ではない。


「うーん、ホントにこんなことで大丈夫かなあ~?」


 木の板に書かれたメニューを持って注文聞きをしていたウィルは、店先でハアとため息をついた。


「やっぱり先生にはお店にいてもらったほうが……いやいや、これは先生のための決定なわけだし……っ」


 テレーゼの身の安全には代えられない、しかしううむと葛藤かっとうしていると、ひとりの客が入って来た。


「いらっしゃいませ~……って、クロードさん?」


 サッパリした短髪にスラリと長身、道行く女性の9割が振り返るほどの端正な顔立ち。

 ひとたび戦わせれば大人が数十人束になってもかなわない無双の執事が、テレーゼの送り迎え以外の理由で店にやって来るのは初めてのことだった。


「どうしたんですか今日は? 夕飯、食べていくんですか?」


「お嬢様のお迎えです。今日は遊んだ後にここに来るとおっしゃってましたので」


 いや、やっぱり送り迎えだった。

 ウィルは肩をコケさせたが、同時になんとなくホッともした。 


 今日テレーゼは、リリゼットとアンナも含めた3人で受験用の衣服を買いがてら遊びに行っている。

 遊んだ後はどうするのだろうと思っていたら、いったんここまで来てから改めて解散するようだ。

 つまりクロードはここから家までの護衛任務にあたるというわけで……。

  

「お疲れ様です。先生を待ってる間、何か注文でもありますか? エールとかどうですか?」


「では、アルコールの入っていないものをお願いします」


 子供のウィルへも決して崩さぬ敬語でぶどうジュースだけ頼むと、クロードはテーブル席に腰を下ろした。


 そのまま腕組みして黙り込む。

 隣にウィルがいても、ひと言も話しかけてきたりはしない。視線も合わせようとしない。


 ここ数か月のつき合いで、それが怒っているわけではなく彼の素の状態なのだと知っていたが、そうはわかっていても不安になる。

 隣で黙り込まれるとどうしても威圧感を感じ、思わず背筋を伸ばしてしまう。


 ……あ、そうだ。

 これはもしかしていいタイミングなのでは?


「あ、あの~……クロードさん。実はボク、クロードさんにお願いがあるんですが……」


 ウィルは意を決して声をかけた。

 テレーゼがいない今、頼みごとをするなら今だと思ったのだ。


「ボクに戦い方を教えてくれませんか?」


「……戦い方を、ですか?」


 まさかウィルの口から出るとは思っていなかっただろう単語に、クロードは片目を見開いた。


「誰かとケンカでもなさるのですか?」


「いいえ、そんなんじゃないんです。もっと違う戦いです」


「どんな戦いにしろ、ウィル様に向いてるとは思えません。背も小さく体重も軽く、半端に戦い方を覚えても、むしろ怪我をされる確率の方が高いように思われます」


 ズバリ容赦のない、クロードの意見。

 ウィルは一瞬くじけかけたが、歯を食いしばって耐えた。


「だ、ダメです。これは逃げられない戦いなんです。だって、ボクの大事な先生のためだから」


「……お聞きいたしましょう」


 テレーゼのためという言葉で興味が湧いたのか、クロードはウィルの方に体を向けた。


「その……もしかしたら向こうが武力行使に出てくるかもしれないって話をしてたじゃないですか。だからクロードさんもこうして日夜護衛してて、今だってコーゲツさんとツキカゲさんがついていて、だけどそれも四六時中というわけにはいかないって話をしてたじゃないですか」


 どれだけ完璧な防衛網を敷こうとしても、絶対どこかに隙は出来る。

 だからこそ防犯体制の整った音楽院に入学して昼間を過ごし、そこで多くのコネを作って社会的な身分を固める。

 テレーゼが公爵令嬢であろうともおいそれと手を出せない存在になれば勝ち。

 それこそが社会戦なのだとリリゼットは言う。

 

「その話は理解出来るんです。考えられるかぎりの中で最善だなって。でも、もしそれでもダメだったら? 向こうが早々に音楽院の中に人を送り込んで来て、それが防げなかったら?」


「……続けてください」


「方法はいくらでもあると思うんです。内部の人にお金を渡すとか、素性を偽って職員として潜り込むとか、誰かを人質にとって無理やり入り込むとか。そうして隙を見つけて、一気にって……もしそんな風にされたら、きっと防ぐことは出来ない」


「……続けてください」


 ウィルが話せば話すほどに、クロードの声は低くなっていく。

 眼光が鋭くなり、威圧的な空気が強くなっていく。


 怒っているのだと思った。

 ウィルに対してではなく、テレーゼに向けられた悪意そのものに対して。


「もしホントにどうしようもなくなった時、その場にボクがいたらどうなるだろうって思うんです。目の前に悪漢がいて、先生がいて、その時ボクに、戦う力があるのかないのか」


 まだ自分は10歳だ。出来ることは少なく、むしろ足手まといになる可能性のほうが高い。

 でも、だからといって逃げることはできない。

 そしてもしその場に居合わせたとして、何も出来ずにテレーゼの身に危害が及んでしまったとしたら、ウィルは決して自分を許すことが出来ないだろう。


 ヘタクソな自分に辛抱強くピアノを教えてくれて、腱鞘炎にならないよう練習量まで管理してくれて。

 いつだって明るく優しく微笑みかけてくれるあの素晴らしき先生のためならば、ウィルはどんな努力だってするつもりだ。 

 

「ボクはたしかに子供です。クロードさんが言うように、背も小さくて体重も軽くて、根性だってない。でも、だからといって大人の陰に隠れているのは違うと思うんです。精いっぱい頑張って、努力して、ほんの少しでも先生を助けられる確率が上がるなら、やらないのはウソだって思うんです。だからクロードさん」


 改めてクロードに向き直ると、ウィルは深々と頭を下げた。

 

「お願いします、ボクに、戦い方を教えてください」


 誠心誠意頭を下げて、1分、2分……。

 ダメなのだろうかと諦めかけたその時、クロードが重い口を開いた。


「わかりました。お教えいたしましょう」


「クロードさん、それじゃ……っ?」


「ええ、ウィル様に戦い方をお教えいたします」


「やったあ、やったあ……っ」


 小躍りしかけたウィルに、クロードはすかさず釘を刺して来た。


「ですが、勘違いなさらぬように。これから教えるのは普通の戦い方ではありません。あくまで敵の機先を制し、弱みに付け込む方法です」


「きせんをせいし……よわみにつけこむ……?」


 クロードの独特な言い回しに、ウィルは戸惑う。


「さきにも言いましたように、ウィル様はお体が小さく弱い。まともに大人を相手にすれば、成す術なく負けるのがオチでしょう。だからこれからお教えするのは、相手を打ち倒す方法ではなく、あくまで相手の足を止め、逃げる時間を稼ぐことを主目的とした方法です」


「足を止めて……そっか、その間にクロードさんのいるところへ逃げればいいんだ」


「そういうことです。そうすれば、あとはわたしがすべてを終わらせます」


 自分の強さに自信があるのだろう、クロードは驚くほどの平淡さで告げた。


「わかりました。じゃあこれからお願いしますクロードさんっ。クロード先生っ」


「……わたしが、先生?」


 クロードは一瞬その言葉を頭の中で反芻はんすうした後、実に珍しいことに、口の端にふっと小さな笑みを浮かべた。

 

「……なるほど。悪くはありませんね。ですがウィル様、その呼び名は人前では使わぬように」


「人前では……なぜですか?」


「ウィル様が戦いを学んでいると知れば、お嬢様が心配なさります」


「ああなるほど……」


「ついでに言っておきますが、手を使った戦い方も教えません。ピアノ弾きにとって手は命なのだとお嬢様は言っておられました。下手に扱って怪我でもなされれば、お嬢様が悲しみます」


「……クロード先生って、ホントにいつもテレーゼ先生のことばかり考えてるんですね」


 神に仕える聖職者か、はたまた王に仕える騎士か。

 どこまでもテレーゼ中心の考え方に、ウィルは驚いた。

 王都からの経緯を考えても、ここまで人に尽くせるというのは尋常ではない。

 

「それが執事というものでございます」

 

「す……すごいですねえ……」


 驚くほどの断言ぶりに、一度は納得したウィル。

 だがすぐに、おかしいぞと思った。

 話によれば、テレーゼは主家しゅけから縁切りされているはずだ。

 いま現在給料の支払いもなく、つまりふたりの間の労働契約は破綻しているはずなのだ。


 ではいったい、今のクロードはどういう立場になるのだろう?

 どうしてテレーゼの傍にいる必要がある? どうして護る必要がある?

 善意の守護者か、あるいは単純に……。


「す……き、とか……?」


 ふと漏らしそうになったつぶやきを、ウィルは顔を真っ赤にして手をブンブン左右に振ってかき消した。

 そんな大人なことを考えるのは、自分にはまだ早い。

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