「なんだかんだで同レベル?」
売り物のドラムスティックでチャンバラごっこをして遊んでいたのを店員さん(がんこ親父風)に怒られたわたしたちは、それはもう全速力で逃げた。
夕方になってさらに人通りの多くなった街を右へ左へ、人混みの中を縫うように。
「あっはははは、おっかしいっ。リリゼットったら、すんごい顔して走って逃げるのっ」
安全なところまで逃げてから急におかしくなったわたしは、腹を抱えて笑った。
「も、元はと言えばあなたが悪いんでしょ? 店の売り物で遊ぶなんて信じられないっ」
笑われたリリゼットは眉を吊り上げ、顔を真っ赤にして怒り出した。
「しかも一番先に逃げ出してっ、もう最悪っ」
ひと言発するたびに、トレードマークのツインテールがブンブンと上下に揺れる。
その様はまるで別の意思を持つ生き物みたいで、そういえばそんな名前の宇宙怪獣がいたなあなんて思い出して。
そんなくだらないことがまたおかしくて、わたしは笑いが止まらなくなってしまう。
「ひーっ、ひーっ、ダメ、死んじゃうっ」
「こ、この女あぁ……っ」
「……フリに乗ったほうにも責任はあると思う」
大人気ない年上女子たちの行動に、シニカルに釘を刺すアンナ。
「そ、そうよねっ? 最初にフッたのはわたしだけど、乗ったリリゼットにも責任の一端はあるわよねっ?」
「やめて、あなたの味方をしたわけじゃないからそんな嬉しそうな顔しないで。ただ単にふたりとも同レベルだから、もっと落ち着いて欲しいと思っただけ」
そうは言いながらも顔が上気し頬が緩んでるのは、アンナなりに楽しかったからだと思う。
ツンデレの見本みたいなコだから、楽しくってもそれを素直に口には出来ないんだよね。
うんうん、わかるよー。おねえさんはそうゆーのに詳しいんだから。
「あああ~、でも楽しかったあ~。ふたりともありがとねっ。わたし、こんな楽しい日は初めてっ。ピアノ弾きのお仕事はたしかに楽しいけど、それともまた違うのっ。こういう余暇にみんなと一緒に何かして楽しいのは初めてっ」
「……あなたって、時々すごく不憫よね」
どうやら怒りの治まったらしいリリゼットが、一転、可哀想なものを見るような目でわたしを見る。
その隣ではアンナが何か考え込むようなしぐさをしていて……。
「ん? どしたのアンナ? まだ行きたい店とかあるんだったら……」
「違うの。そういうんじゃなくてその……ちょっと気になってることがあるというか……。今まで興味はありつつも聞けなかったというか……」
アンナはチラとわたしを見ると、意を決したように口を開いた。
「あなたって、クロードとはこういうことしないの? 外で遊んだりとか」
「クロードと? しないよ? 一緒に買い物に行ったりぐらいはするけど、別に寄り道とかもしない。わたしとしてはもっと色々してみたいんだけど、クロードはテキパキさんだから、無駄な行動ってまったくないのよねえー」
「しないのっ? まったくっ?」
驚愕、みたいな顔でアンナ。
「信じられない……男の人ってそういうものなの? あ、釣り上げた魚にエサはやらないっていうのはそういう意味?」
「釣り上げた魚に……ってどーゆーこと?」
「え、だってふたり、つき合ってるんでしょ? あなたとクロード」
「ちょ? は? え? えええええええ~!? なんで!? なんでわたしとクロードが!?」
「なんでも何も、一緒の部屋に住んでるんでしょ? 間にカーテン一枚しかないひと続きの部屋で、もう何カ月も一緒なんでしょ? それで何もないわけないじゃない。そもそもがお給金も発生してない段階でもう執事じゃないはずでしょ? にもかかわらず一緒にいて一生お世話しますみたいなことを言ってたのって、つまりはそういうことじゃないの?」
「違う! 違うよ! もう、なんでそうゆーことになるかなあー!?」
そりゃあたしかにあんなイケメンぐう聖の恋人になれたら最高だけど、さすがにそれはありえない。
テレーゼのクロードへの扱いはそれはもうひどいものだったし、それより何より今のクロードには他に好きな人がいるんだから。
「クロードは単純にいい人なのっ、小さい頃からずっと一緒にいるわたしを見捨てないでいてくれた聖人なのっ、そんじょそこらの男とは人間としての格が違うのよ格がっ。というかそもそもあんなイケメンが、わざわざわたしみたいな女を好きになるわけないじゃないっ。わたしなんて見た目はともかく内面は36の……ゴホンエホンオッホーン!」
言ってはならないひと言を口にしそうになったわたしは、咳ばらいをして誤魔化した。
「と、ともかくわたしとクロードはそうゆーんじゃないから! わかった!?」
「んー……」
腕組みしてジト目になって、全っ然納得いってませんって顔のアンナ。
「と、というかそうゆーアンナのほうはどうなのよ!?」
「はあ? わたしがなに? なんとかうやむやにして誤魔化そうとしてるなら……」
「しらばっくれないでよ! ウィルのことよ! あなた、ウィルが好きなんでしょ!?」
その一言で、アンナの様子が急変した。
瞬時に顔が赤くなり、体の両脇で握った拳がぷるぷる震え出した。
「はあ!? はあ!? はああああーっ!? わたしがあんな奴を!? あり得ないんですけど! 絶対絶対あり得ないんですけど!」
「ウソウソ、あり得るもん! 毎日一緒に学校に通って、帰って、バルにもしょっちゅう顔出してさ! 遅くまで一緒にいてさ! わたし、あなたが他の女の子と遊んでる姿なんて見たことないもん!」
「そ、それは家が近所だからで……! どっちもピアノを勉強してるからっていうだけの話で……! 特別な意味は全然なくて……!」
痛い所を突かれたのだろう、アンナは目に見えて怯んだ。
目も泳ぎまくってて、これだけでも状況証拠は十分な感じ。
「もう! 卑怯よこんなやり方! 自分がツッコまれたくないからって無理やり話題を逸らして!」
「ツッコまれて困る部分があるのが悪いんだもん! だいたい先に仕掛けて来たのはそっちでしょ!? おあいこよおあいこ! むしろ開戦のきっかけを作った分そっちが悪いんじゃない!?」
「むううううううー!」
「むううううううー!」
「はいはい、そこまでにしましょうか。さすがに周囲の目があるからね」
ムキになってにらみ合うわたしとアンナの間に、リリゼットが割って入った。
いつの間にか周囲に出来ていた人だかりを指し示して、今すぐやめるように言ってくる。
「もう遅いし、今日のところは帰りましょう。家の者を心配させるのもなんだしね」
などと大人ぶった口調で言った後、しかしリリゼットはニヤリ笑うと……。
「ま、詳しいところは後日改めて聞かせてもらうから。ちなみにわたし、そうゆー話大好きなの。だからふたりとも、覚悟しておいてよね。あ、絶対逃がさないからね、諦めて」
わたしとアンナの肩を抱くと、この3人での女子会を今後も開催する予定であることを告げて来た。
「なにそれ怖い」
などと言いつつも、こちらは叩いても埃など出ない身。
いわば勝ちの見えたレースである。
「ふっふーん、聞いた? アンナ、あなたの命日が刻々と迫ってくる音を」
「はあ? それはこっちのセリフなんだけど。あなたこそ、首を洗って待っておくのね」
わたしはアンナを、上から威圧するように見下ろした。
アンナはアンナで腰に手を当て、挑発的な目でわたしを見上げて来た。
バチバチとぶつかり合う視線。
「さっきはわたしとテレーゼがとか言ってたけど、なんだかんだであなたたちだって同レベルじゃない」
おかしそうにこちらの様子を眺めるリリゼットに、わたしたちは異口同音に反発した。
「「一緒にしないでくれるっ?」」
あまりにも見事にハモったのがツボにハマったのか、リリゼットはうずくまって笑い転げた。
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