「初めての女子会」
リリゼットとアンナによる受験対策講座は連日開催された。
会場は主にバルの片隅のテーブル席で、わたしの手が空くたびふたりが手ぐすね引いて待ち構えている形で。
教えられる内容は、当然だが女子の受験者としての心構えだ。
おしとやかに振る舞うこと、入室から退室まですべての行動を試験官たちの望むように行うこと。
すべてにテンプレが存在し、逸脱してはならないこと。
その項目は大から小まで、実に50にも及んだ。
「うう……どこか懐かしいこの感じ……この痛み……くうぅっ」
かつて挑んだ就活、そして就活セミナーで味わったあの感覚に頭を抱えるわたし。
「いや、別に痛くはないでしょう」
どうしてこの程度のことが辛いのだと、いかにも不思議そうにリリゼット。
「あなたみたいな出来る人には出来ない人の気持ちがわからないのよっ。はっきり言ってわたしはボンクラなんだからっ」
涙目になってリリゼットに嚙み付いていると、隣からアンナが。
「はいはい、遊んでないで次いくわよ。いい歳したお姉さんなんだから、ちゃんとして」
冷めきった口調で促してくる。
ものすっごいジト目で、テーブルをトントン叩きながら。
そこにはウィルに向ける愛嬌の100分の1も感じられない。
「うう……っ、教育ママならぬ教育ガールたちめ……っ」
厳しいとはいえ、わたしのためにわざわざ時間を割いてくれていることはたしかだ。
ちょっと吐きそうなほどに辛いけど、ここは頑張らねば……ううっ。
そんなこんなで2週間。
教育ガールたちのもとでわたしは模擬面接を繰り返した。
その甲斐もあって、本番5日前には……。
「えーっとまずはトントントンとはっきりきっぱり3回ノックしてどうぞと言われたら失礼いたしますと言って入室してドアの方を見てドアを閉めてその時後ろ手で閉めるのは厳禁でドアを閉めたら審査員の方を向いて30度の角度でお辞儀をしてよろしくお願いいたしますと丁寧に礼を述べて……」
「……あー、これはダメかもね。ぶくぶく泡吹いてるし、目の焦点合ってないし」
「……ホント、ピアノ以外はどうしようもなくポンコツねこの人」
「どうするアンナ? 息抜きでもさせる? あんまり時間に余裕もないけど……」
「しかたないなあー……じゃあこういうのは? 本番用の衣装を見繕いに行くついでに街をブラついて……」
詰め込み型教育の反動であっぷあっぷになったわたしを見かね、ふたりは気晴らしにと外へ連れ出してくれた。
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「わああああーっ!? すごいすごい! 空は青いし空気が澄んでる! やったああああー! これぞ娑婆の空気だあーっ! ビバ! グッドホリデエエエーイ!」
久しぶりにやって来たフリーの一日に、わたしは喝采を上げた。
人がひしめく大通りの真ん中で、両手を挙げてバンザイして喜んだ。
「……ところどころ何を言ってるのかよくわからないけど、よっぽど鬱憤が溜まってたことはたしかみたいね」
そんなわたしの姿にリリゼットは腰に手を当てて嘆息し。
「はいはい、さっさと行くわよ。遊ぶのだって計画立てていかないとだし、受験用の衣装も買わないとだし」
アンナは引率の先生よろしくパンパンと手を叩くと、さあ行くぞと先を促した。
そうしてわたしたち3人が(リリゼットの護衛であるコーゲツさんとツキカゲさんはちょっと離れたところからついて来ている)足を踏み入れたのは、グラーツの中央区南西部にある商店街。
そこは東京で言うならば原宿みたいな場所だ。ファッションのメッカであり、グラーツ中の女子たちが集る場所でもある。
「ふおおおー……若い時分にはまったくかけらも興味なかった場所だけど、この体になってみるとなんだかいいわねーっ。やっぱ若くて可愛い子に囲まれてると気分が上がるというかっ? 自分までうら若き少女に戻った気分というかっ? っていやいやいや、全然現役ぴちぴち女子なんだけどねっ!? 今のはついつい勢いでというかねっ!?」
ちょいちょい不自然な発言をしそうになりながらも、わたしはなんとかぴちぴち女子らしく振る舞っていた。
雑貨屋の店先の小物に歓声を上げ、ウインドー越しの可愛い衣服に驚嘆し、路地裏の野良猫をモフモフり。
現役時代にはついに味わうことのなかった価値観を堪能していた。
「うう……わたしゃあもう思い残すことはないよ。人生の絶頂の今、いつ死んだって構わないよ……」
ひと休みで入ったオープンテラスのカフェで甘あ~いパフェをパクつきながら、わたしは感動に打ち震えた。
「いやいや、何歳のつもりよ。あなたの人生これからでしょうが」
「……この人、ちょいちょいおばさんっぽいこと言うのよね」
「それ、わたしも感じてたわ。時々ものすごい年上の人と話しているような感覚に陥るのよね」
「でしょ? なぁんか、怪しいのよねえぇ~」
心底から出たわたしの一言に、ふたりはなぜかうさんくさげなコメントをする。
おかしい、わたしの擬態は完璧なはずなのに……なぜだ?
「あ、あははははーっ。まあまあ、盛り上がった末に出ちゃった失言ってことで許してよ。もう、そんな目しないでよ。しょうがないじゃん。わたし、今までこういう遊びってしたことないんだから」
「「ないの? 一度も!?」」
ふと漏らしたわたしの言葉に、驚愕の声がハモった。
「悪い? だって、子供の頃からずっとピアノばかり弾いてたから……ママが厳しくて、それ以外のことはさせてくれなかったし……」
音大を辞めたら辞めたで、今度はブラックな仕事のせいで余暇が消滅したしね。
朝か夜まで働きづめで、休日なんて月に3日とれればいいほうで……うっ、頭が……っ。
「はあ~、なるほどね。逆に言えば、だからあなたはあんなにピアノが弾けるんだ。え、ちなみに一日何時間ぐらい弾いてたの?」
「んー、だいたい10時間ぐらいかな。コンテスト前はもうちょい増えたりしたけど」
「じゅ……それホントに? はあああ~……」
リリゼットは感心と呆れの中間ぐらいの表情になり。
「うええ……わたしだったら絶対やだ。ピアノは上手くなりたいけど、女の子としての生活は捨てたくない」
アンナはうええと舌を出して嫌がった。
「わたしだって捨てたくて捨てたわけじゃないんだけどね……。ともかくまあそんなわけでさ、わたしってば、いま人生のやり直し中なの。あの頃できなかった遊びをもう一度ってね。ねえふたりとも、そういうわけでさ、わたしの青春につき合ってくれる?」
わたしがお願いすると、ふたりは互いに顔を見合わせた後、うんと力強くうなずいてくれた。
ひと休みを終えて体調を整えたわたしたちは、再び通りに繰り出した。
道端に広げられたチープなアクセサリーを物色し、へんてこなアーティストによる熊天使の石膏像を首を傾げながら鑑賞し、ハーモニカ吹きのおじさんの渋いプレイに唸り、ドラムスティックでチャンバラごっこをして楽器屋の店員さんに追い出され(その節は本当にすいませんでした)、夕方まで体力の続く限り遊び続けた。
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