「わたし……神託を得たみたいなの(空目)」
倒れたわたしの意識が戻ることはなく、そのまま速やかに天国へ旅立った……なんてことはなく、わたしは普通に目覚めた。
「うわよかった。ホントに第二の人生開幕だったんだ」
ほっとしながら身を起こす。
今度は病院のベッドの上ではなく、木造のこじんまりとした部屋の硬いベッドの上みたいだけど……。
「えっと、ここは……?」
周囲を見渡す。
ダイニングキッチンと居間がいっしょくたになったようなひと部屋だ。
家具はテーブルに椅子がふたつ、タンスに食器棚。まったく飾り気のない質素な部屋で……。
「これ……なんだろ?」
部屋の中央をカーテンが仕切っている。
おかげでただでさえ狭い部屋がさらに狭く感じるのだが。
「ううーん……なかなか動かない……っ」
ぐいぐいと引っ張っていると……。
「お嬢様、お目覚めになられましたか!?」
突如カーテンが開いて、イケメンが顔を覗かせた。
「うわああああああっ!? ごめんなさいぃぃぃっ!?」
驚いたわたしは、思わず全力で謝った。
「ってクロードかっ、びっくりしたっびっくりしたっびっくりしたあああーっ」
心臓が、バクバクと別の生き物みたいに跳ねている。
「大丈夫ですかお嬢様? お体のほうは、どこか痛むところはございませんか?」
ベッドで仮眠でもとっていたのだろうか、クロードはわずかに皺の寄ったスーツ姿で歩み寄って来た。
眉根を寄せ、長身をかがめるようにしてわたしの顔を覗き込み──その距離、驚異の20センチ。
長いまつ毛やら、心配そうに縮まった虹彩がよく見える……ってじっくり観察してる場合かっ、近いっ、近すぎるっ。とととととにかく今は距離を取らないと、心臓が破裂しちゃうよおおおおおぉっ。
「頭を打った直後に活発に動いたせいで倒れたのだろう。痛みが持続するようでなければ心配はいらないと医者は言っておりましたが、もしどこか痛むようであれば今すぐにでも病院に……」
「大丈夫っ大丈夫っ、大丈夫だからちょっと離れてプリィィィーズっ」
わたしは顔を真っ赤にしながら手を伸ばすと、クロードの体をぐいぐい押しやった。
「……はっ。すいません。わたしとしたことがつい距離を見誤りました」
そこでようやく主人に近寄りすぎたのだと気がついたクロードは、頭を下げて謝って来た。
「くっ……。主人を驚かせ、あまつさえ怯えさせるとは……執事にあるまじき行為……っ」
しゅんと萎れたその様子は、どこかジャーマンシェパードが耳を垂れさせる姿にも似ていて正直きゅんと来るって違うそうじゃない。フォローフォロー、フォローしないとっ。
「ご、ごめんね? ちょっとびっくりしただけだから。執事がとか主人がとかそういうのも気にしなくていいからね? 失礼だなんて思ってないからっ」
パタパタ手を振り、わたしは必死になってクロードを持ち上げる。
「あなたには感謝してるのよ。いつもわたしのことを心配してくれて、第一に考えてくれて。バルからここへ運んでくれたのもきっとあなたなんでしょう? 本当に助かるわ」
テレーゼ持ち前の美貌を生かし、パッと花の咲くような笑顔を浮かべるわたし。
しかしクロードは……。
「ありがとう……? お嬢様がわたしに……怒るより先に感謝を述べるだと……っ?」
自分に生き別れの双子の兄がいたとしてもここまでは驚かないだろうというようなリアクション。
ぐっ……しまった。
たしかに今のはテレーゼっぽくなかったか?
まあたしかに、ゲーム内でのテレーゼはちょっとでも嫌なことがあるとクロードに嫌みを言ったり無理難題を吹っ掛けたりしてたからなあ~。
いやあしかしなあ~……これからそういういかにも悪役令嬢っぽい演技をしながら生活していくのも大変だしなあ~……う~ん……あ、そうだ。
「ええと……あのね? わたしその~、神託を……得たみたいなの」
「……神託?」
キョトンとするクロードに、わたしはめちゃめちゃ早口で。
「ほ、ほら、わたしってなんだかんだで死にかけたわけじゃない? その時ね、ふわふわした雲の上の天国みたいなところで神様が言ってたの。『テレーゼよ、本来ならおまえは今日死ぬところであった。だがその若さと運の悪さに免じて生かしてやろう。その代わりこれからは世のため人のために尽くすのじゃぞ。そのための力もやろうほらこれじゃ』って、ピアノ弾きの力をくれて。だからわたし、これから生まれ変わったつもりで生きていこうと思って。ウィルを助けたのもそれで……」
こっちの世界の神様がおじいちゃんなのかどうかはさておき、『神様の奇跡』が存在するのは事実だ。
例えばゲームのメインヒロインであるレティシアは『癒しの奇跡』を、攻略対象のひとりであるアベル王子は『剣の奇跡』を得ていた。非常にレアではあるけどまったくの皆無でもない能力、それがギフトだ。
わたしの神がかり的な(自分で言っちゃう)演奏スキルは、クロードの目から見たらギフトに見えなくもないはずだし、性格の変化も含めていい感じに誤解させられるといいなあ~……でも疑われるかなあ~……などと思いながらチラチラ見やると……。
「なるほど、そういうことでしたか」
クロードはしかし、びっくりするほどの素直さでわたしの言葉を理解してくれた。
「理解しました。お嬢様の苦境を見かねた神が、救いの手を差し伸べてくださったのですね。おめでとうございます。素晴らしきことです」
わたしの頭がおかしくなったのかもしれないとか、悪魔に乗り移られたのかもしれないとか。
普通の人だったら考えるだろう当たり前のことを、クロードはまったく考慮に入れていないようだ。
「奇しくもここは音楽の都、その御力は、きっとお嬢様を善き所へと導くことでしょう」
口元に綺麗な微笑を浮かべながら成功を祈ってくれるクロードに、わたしはぽかんとしてしまう。
はああー……なんだろうこの人?
なんでこんな風に他人のことを信じられるんだろう?
わたしが主人だから?
あなたが執事だから?
だったらわたしが言えばなんでも信じるの?
どんな無茶な設定だって受け入れてくれるの?
なーんて、いつまでもぽけっとしてはいられない。
どうあれクロードが受け入れてくれたことは事実だし、だったらこれからのことを話さないと。
「あっははは、クロードは面白いことを言うわね。でも残念、そんなにおおげさなことじゃないわよ」
わたしは肩を竦めると、クロードに笑いかけた。
たしかにこの状況は、わたしにとって都合が良すぎる。
特技がピアノで、ここはなんと音楽の都で、音楽決闘なんてものまで流行っている。
つまりわたしは神に選ばれた女?
いやいやないない、ゲーム脳乙ー。
「わたしは公爵令嬢じゃなく、普通の女の子としてここで生きるの。そこにちょこっとピアノ弾きって要素が加わるだけ。そんでちょびっと、みんなの心を暖かくしようってだけ。ただそれだけなんだから」
努めて気楽に笑うわたしの顔を、しかしなぜだろう、クロードはどこまでも真剣な目で見つめていた。
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