「リリゼットとふたつの方針」
お昼のかき入れ時を過ぎたバルは、やや閑散としている。
肉体労働者さんたちは午後の現場に向かい、わたしの演奏目当てのお客さんも次々と去り、残っているのはよぼよぼのおじいちゃんな常連さんと白紙の楽譜に向かって頭を抱えている作曲家さんっぽい人のみ。
そんな中、リリゼットは約束通りの時間にバルにやって来た。
さすがに今日は新聞記者の姿は無い。
後ろに控えているのは護衛である大男のコーゲツさんと小男のツキカゲさんのみ。
どちらも黒服に中折れ帽というブルー〇ブラザーズのコントみたいな格好で、東洋系の顔立ちということもあってか親近感が湧く。
一方こちらはわたしとクロードとウィルとアンナといういつものメンバーに、休憩時間に入っているテオさんも一緒に話を聞く体勢。
「……なるほど、だいたいわかったわ」
ひと通りのいきさつをわたしが説明すると、リリゼットは深くうなずいた。
「あなたの過去の悪行を恨みに思った妹が、一度ならず二度までも、徹底的にあなたを破滅させようというのね?」
「うん、そうなの」
「……しかしあなたが、そこまで恨まれるようなひどいことをしてたなんてね……」
いかにも意外という感じでリリゼット。
「うんまあ……若気の至りと言うか……」
わたしがやったわけじゃないんだけど、テレーゼの悪行はイコールわたしの悪行でもあるのよね。
まさか実は中身は違う人なんです転生者なんですとも言えないし……。
「今は反省しております……悪かったなって……」
苦渋に満ちた気持ちで頭を下げる。
「いいわ、謝る必要なんてない。昨日も言ったけどわたしはその辺は気にしない。過去は過去、今は今。あなたのピアノの才能をわたしは認めてるし、それは人格さえ超越したものだと思ってる。それで、あなたたちは? あ、執事の人は聞くだけ無駄だからいいわ。どうせこのコが何をしてたって味方するんでしょ?」
ここぞとばかりに口を開こうとしたクロードに、しっかり釘を刺すリリゼット。
人間関係見抜くの上手いなー、このコ。
これも海運商の娘だからだろうか。
「ボクも気にしません。というかそもそも信じてません。先生は素晴らしい人ですし、そんな悪いことが出来るようには見えません。きっとあの悪い女の人がでたらめを言ってるんだと思います。でもって先生は、何かの理由があって認めなきゃいけないような状況にいるんだと思います」
一方こちらはふんすと鼻息を荒くしてウィル。
このコはこのコで鋭いなあ。
そうだよそう、それで9割合ってる。
問題はバーバラの発言がでたらめじゃなかったことぐらい。
「……ま、それに関してはわたしもだいたい同意見かな」
いかにも優等生らしく、ひょいと手を挙げての発言はアンナ。
「この人と知り合って間もないけど、そんな悪人には見えないもの。というかそれを言ったらそもそもお嬢様にすら見えないんだけどね」
ぐうっ……痛い所を突きおる|д゜)
まあ中身はパンピーだからね、しかたないね。
「俺もそう思うよ。根っからの悪人ってやつはどうしても顔に出るもんだ。このお嬢ちゃんにはそれがない」
とはテオさんの弁。
ありがたいんだけどでもごめんなさい、テレーゼって顔はたしかに美人だけど悪人面ではあるし、テオさんの目は節穴かもしれません。
などという内心でのつぶやきはともかく、みんながみんな、良い方に解釈してくれているのはたしかなようだ。
その上でわたしを気遣い、一致団結して守ろうとしてくれている。
友情? 愛情?
わからんけどもありがてえなあぁ~……。
なんて暖けえ人らなんだあぁ~……。
感極まったわたしは、両手を合わせて拝んでおいた。
「うん、わかった。ここにいるメンバーは信用出来るってことね」
わたしたちの気持ちを再確認した上で、リリゼットは話を進める。
なんでも昨夜のうちにふたつの方針を考えてきたらしいのだが……。
ひとつ、バーバラが武力行使に出る可能性もあるから、極力ひとりでは出歩かないこと。
これにはクロードが深くうなずき、バルへの行き帰りを護衛することを約束してくれた。
ウィルもふんすと鼻息を荒くしてナイト気取りだが、うん、きみの場合はもうちょっと背が伸びてからね。
ふたつ、音楽院に入学すること………………ん?
「え、どーゆーこと? なんでわたしが音楽院に?」
思ってもみなかった言葉に、わたしはぱちくりと目を瞬いた。
第三楽章開始です!
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