「なんだかんだで大団円?」
わたしとリリゼットが握手をした姿を、新聞記者たちの構える大型カメラがバシャリと捉えた。
それが合図だったかのように、みんなは一斉に歓声を上げた。
脚を踏み鳴らし、口笛を吹いた。
わたしの勝利とリリゼットの漢気と、バーバラという闖入者の逃亡を肴に、そこかしこでジョッキをガコガコと打ち合わせ始めた。
「……ふん、調子のいいこと。手のひらくるくる返しちゃって」
そんなみんなを、リリゼットはバカにするように鼻を鳴らした。
まあたしかに、さっきまでわたしを叩いていた人たちまでもが味方してくれるようになったのは嬉しいようなムカつくような複雑な感じではあるけれど。
それでも当面の脅威は去ったわけだしね、結果オーライで心底ほっとしてるのはたしかだし。
「はあー……でもホントに良かった。正直もうダメかと思ってた。このまま第二の人生もいきなりゲームオーバーになるのかとー……じゃなくっ」
おっと、ゲーム用語を使っちゃダメだった。
パシンと頬を叩くと、わたしは言い直した。
「ありがとね、みんな。庇ってくれて、わたし、あのまま石投げられてその辺の路地裏で野垂れ死ぬ運命なのかと思ったよ」
「野垂れ死ぬとかおおげさね……いや、でも案外そうか……」
リリゼットはふむとばかりに腕組みすると、深く考え込むようなしぐさをした。
「バルテル公爵家の令嬢が本気で敵に回るなら、今後のことも含めて色々考えたほうがいいのかも」
「ええっ? ウソっ? これで終わりじゃないのっ? リベンジしてくる可能性あったりするのっ!?」
「だって、あなたも見たでしょう? 裁判に提出せんばかりの記録の数々と、仕込み客まで用意する周到さ。今回のことで終わりだなんて油断しないほうがいいわ」
うおう、リリゼットはあの状況をもたらしたものを見抜いていたのか鋭いなあ……ってそれどころじゃないっ。
だとしたらわたしは今日この瞬間から、バーバラの次なる襲撃に備えなきゃいけないってことじゃないっ!?
夜討ち朝駆け、まともに眠る暇すらないってことじゃないの!?
「うわあああーっ、怖いよううううっ!?」
わたしが頭を抱えて怯えていると、小さな拳を握り絞めたウィルが勇気づけるように言った。
「大丈夫です! 今度はボクが護りますから!」
「え? ウィルが? わたしを?」
驚いて目を瞬かせていると、ウィルは悔しそうに唇を噛んだ。
「その……さっきはごめんなさいっ。ボク、先生のピンチに何も出来なくて……っ。あの悪い人が言うのを黙って聞いてて……。ホントは止めなきゃいけなかったのにっ」
「いいのよ、突然色んなことがあって、あんなの理解が追いつかないのが普通だもん。それに、わたしのほうが遥かに年上のおば……お姉ちゃんなんだもん。子供は子供らしく……」
「いえダメですっ、普段あんなにお世話になってるのにっ、いざという時になんにも出来ないなんてっ。男としてっ」
世話になっている女性を守れなかったのがショックだったのだろう、ウィルは顔を真っ赤にして歯を食いしばって悔しそうにしている。
「別に、あんたが何をしたって大人たちにはかなわないでしょ。頑張るだけ無駄よ」
横からアンナがシニカルに釘を刺すが、おそらくはウィルが無茶をしでかさないか心配してのことだろう。
まあ実際、あそこでウィルが割って入っても鼻で笑われていただろうしね、下手したら突き飛ばされてケガしちゃったりしてたかもだし。
「あのねウィル。人間、身の丈を超えたことをするとケガをするものでね……」
年上のおねえさんらしく冷静に説教していると……。
「いや、その通りだぞウィル。男ってのはそうでなくちゃいけねえや。世話になった方の危機を見て見ぬふりするなんて不義理、あっちゃあならねえ」
なんと、テオさんがウィルに賛同した。
江戸っ子みたいな語り口は、さすが下町っ子というところだけれど。
「なーんて、偉そうに言えた義理じゃねえがな。俺もまったく何も出来なかったわけで……。すまねえな嬢ちゃん、この通りだ、許してくれ」
テオさんは膝に手を当ると、深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよそんな……っ」
「本当だったら殴ってでも止めなきゃならなかったのに、状況を正確に判断しようとかぬるいことを考えちまった。すまねえ、本気で反省してる」
「テオさんもう……っ。ああ、ウィルにアンナまで……っ」
テオさんにならって深々と頭を下げるウィル。
その隣で、ちょこんと可愛らしく頭を下げるアンナ。
三者三様の反省に、わたしはジーンときてしまった。
だって、3人は全然悪くないからだ。
そもそも論そんなもめ事を持ち込んだわたしが悪いわけだし、3人に事の次第を把握する余地はなかったわけだし、ましてやあの状況に割って入るなんて相当な胆力がないと無理な話だし、なんなら危険だし。
にも拘わらず、みんなは心の底から反省している。
次は絶対あんなことをしまいと悔いている。
他ならぬ、このわたしのために。
そんなの、嬉しい以外の何がある?
胸に手を当て感動しているわたしをよそに、リリゼットが店内を見渡してため息をついた。
「……ともあれ、こんなに騒がしい中での話し合いは無理そうね。続きは明日にしましょうか」
音楽決闘の余波で盛り上がった人たちが、顔見知りもそうでない人もひっくるめた大宴会みたいなのを始めてる。楽器を演奏したりアカペラで歌い出したり即興のバンドを組む人もいたりして、実にうるさい。
通りに設置された臨時席も似たような状況らしく、普通に喋るだけでも大声で話さないといけないぐらいだ。
「え、ホント? 明日も来てくれるの?」
「まあね、ここまで来たら乗り掛かった舟だし、あなたとはもう友達だしね」
「り、リリゼットおぉぉ~……」
ついさっきまで死闘を繰り広げていた相手が友達になって全面的に味方してくれる胸熱展開に、わたしはまたもぐずっと涙ぐんでしまう。
「ああもう、まあた泣いてる」
しかたのない奴だなとばかりに肩を竦めると、リリゼットはハンカチでわたしの鼻をかんでくれた。
「うう、ありがとおぉ~……」
「……ホント、まさかあなたが元とはいえ公爵令嬢だったとはね。見た目はまあそれっぽくあるけど、全然中身が伴ってないというか……」
「うう、まったくその通りだと思いまずうぅぅ~……」
わたしがなおもすんすんと泣いていると、とんでもないとばかりにクロードが口を挟んだ。
「お嬢様は、そのように卑下なさることはございません。あなたは間違いなくバルテル公爵閣下のご息女なのですから。今はたしかに籍を離れておりますが、そのうち絶対元に復すこととなります。それはたしかなのですから」
あくまでもわたしの公爵令嬢復帰を信じるクロードは、力強く断言した。
「ふぅぅぅん、元に復する……ねえ? ま、詳しいことは明日聞くとしてさ。あなたたち……ちょっとくっつきすぎじゃない?」
ゴホンと咳ばらいすると、リリゼットは頬を赤くしながらこちらを見る。
「仲が良いのはいいんだけどさ、仮にも主人と執事なわけでしょ? だったらそれなりの節度とか距離とかがあって然るべきだと思うんだけど……」
………………あ。
わたしは遅れて気が付いた。
そうだ、わたしってばまだクロードに抱きしめられたままだったんだ!
リリゼットと友達になったりあれこれあったから忘れてたっ!
「そ、そうでした、申し訳ございませんお嬢様」
クロードも今になって気づいたのだろう、慌てて謝罪して来る。
「い、いえいえいいのよいいのよクロードはあくまでわたしを守ってくれようとしてたわけだし元気づけようって意味もあったんだろうしおかげさまでこうして解決して友達も出来たりしてハッピーだし構図的にはむしろ役得というか中の人的には申し訳ない気持ちでいっぱいですというか中の人なんていないけどっ! いないんだけどっ!」
完全にてんぱったわたしの頭は瞬時にポンコツとなり、口をついて出るのは意味不明な言葉ばかり。
「ああああああもうっ! 今のはなしっ! なかったことにしてお願いプリイィィィーズ!」
なんとかその場を乗り切ろうと大声を出すと、わたしはクロードの手から必死になって逃れた。逃れ……逃れ……逃れ……おや?
「……お嬢様?」
クロードの手の内から出たはいいものの、足にまったく力が入らなくてそのまま床に尻もちをついてしまった。
およよ、こいつはまさか人生初の……?
「なんかわたし……緊張から解放された結果、腰が抜けちゃったみたい……?」
えへへへへと照れ笑いを浮かべたわたし。
やあしかし、これはいったいどうしたものか……。
腰が抜けるのって、どれぐらいしたら治るもんなの?
そもそも内部的には何がどうしてこうなってるの?
うーん、こんな時にグーグル先生がいればなあー……。
などとあれこれ悩んでいると。
「大丈夫です、お嬢様」
クロードが自信満々でこう言った。
「わたしが家まで運びますから」
ん?
ちょいとちょいとクロードさんや、聞いてもいいかね?
運ぶとはどういう意味かね? いや、言葉の意味自体はわかるのだけど、人ひとりを運ぶってのは大変な作業で、方法も限られるわけだよ。
具体的には荷運び用の台車に載せて運ぶとか、工事現場にある手押し車に載せて運ぶとか、あるいは病人みたいに担架に載せて運ぶとか。
……あ、そのどれでもない感じね。
ほうほうつまり、そうすると……?
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