「クロードの気持ち」
わたしを抱きしめたまま、クロードはバーバラに呼びかけた。
「バーバラ様、どうかそこまでにしておいていただけませんか」
言葉づかいこそ丁寧だが、内心では怒っているのだろう、心臓が激しく脈打ち、体が熱く燃えている。
射抜くようなするどい眼光は、まっすぐバーバラに向いている。
「ひっ……?」
クロードの凄まじい剣幕に、バーバラは驚き怯んだ。
しかしすぐに立ち直ると、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「わたくしに黙れって言うの!? クロード! あなた、わたくしよりそんな性格最悪の女の肩を持つの!?」
「わたしはテレーゼ様の執事でございますので」
「テレーゼはもう勘当されているのよ!? 主家から縁切りされているの! それでもあなたは……っ!」
「バーバラ様」
なおも言いつのろうとするバーバラに、クロードはぴしゃりと告げた。
「執事は主人と共に生き、主人のためならば死の覚悟すら厭わぬもの。もし主人に牙を剥く者がいるのなら、それが誰であれ容赦は致しません」
驚くほどの断言ぶりに、バーバラの体がぐらりとよろめいた。
「あ……あなたはテレーゼを庇うどころか、わたくしに歯向かおうというの!?」
「わたしの役目はただひとつ、テレーゼ様をお守りし、健やかに成長していただけるよう努めるだけでございます」
明言は避けたが、テレーゼのためならなんでもするという気迫が伝わって来る。
バーバラの背後にはのっぽのカントルさん含め荒事の得意な執事が3名も控えているのだが、まったく問題にしていない。
その表情には、それ以上一歩でも近づいてみろと言わんばかりの凄みがある。
「それに」と、クロードは続ける。
「先ほどからバーバラ様はテレーゼ様のことを悪しざまにおっしゃっておられますが、それはいささか偏った見方のように感じられます」
「はあ? どこがよ、全部すべて、紛うことなき事実でしょ」
「たしかにテレーゼ様は、小さい頃から自由なお方でした。奔放な振る舞いも目立ち、他人様が眉をひそめるような言動も多くありました。レティシア様へのなさりように関しても、決して褒められるものだったとは言えません。しかし、それらの罪はこうしてすべて償っておられます。今さら蒸し返して叩かれるようないわれはございません」
「そんなのそっちが決めることじゃないでしょ? 世間様が決めることよ。だいたい謝ったからってなんでもいいというわけにはいかないわ。レティシア様へのことも含めて、一生罪として背負っていくべきよ。それに……」
「バーバラ様」
なおも言いつのろうとしたバーバラを、クロードはぴしゃりと止めた。
「テレーゼ様は、グラーツへ来てからお変わりになられました。勤勉で、贅沢を好まず、本当に別人のようになられました。ご自分で生計を立て、家においては家事全般を手伝っていただき、大変助かっております」
「テレーゼが生計……家事を手伝うっ?」
思ってもみなかっただろう単語に驚くバーバラ。
わたしを見て、クロードを見て、なおも信じられないとでもいうかのように目を剥いた。
たしかに、蝶よ花よと甘やかされて育てられたテレーゼのそんな姿が想像できないのは無理もない。
「生まれ変わったつもりで頑張ろうともおっしゃっておられました。世のため人のために尽くそうとも。そしてそれを、言葉だけでなく実践で示されております。お客様やご近所様と気さくに接し、子供たちにピアノを教え、健やかに育つよう将来のことを考えておられます。公爵令嬢としてではなく市井の娘として、第二の人生を歩み始めておられるのです。もう一度言います。お嬢様はお変わりになられました。善き人間になりたいと、心の底から願っておられます。その姿は尊く、好ましいものです」
……驚いた。
クロードがそんな風にわたしのことを思っていてくれたなんて。
そんな風にわたしを信じ、その幸せを願っていてくれたなんて。
クロードはもともと口数の多い方じゃないし、執事という職業柄か万事において控え目な人だから気づかなかったけど……そっか、そうなんだぁ……。
「ううぅ、クロードぉ……」
感動が胸に来た。
わたしを見ててくれた人がいたんだ、評価しててくれた人がいたんだ。
それが他ならぬクロードで、本来だったら絶対にしてはいけない主家の人間への反抗までしてくれて……こんなの、泣かないなんて無理だよぉ……。
「ありがと、ありがとねぇ……」
ダバダバと涙を流すわたしを勇気づけるかのようにぎゅっと抱きしめ直すと、クロードは改めてバーバラを見つめた。
「バーバラ様、お願いいたします。どうかテレーゼ様の歩みの邪魔をなさらないで下さい。暖かい気持ちで見守り、もう一度、やり直す機会を与えてあげて下さい」
クロードは、これ以上ない真摯な言葉を叩きつけた。
わたしを抱きしめたままだから頭を下げることは出来なかったけど、目顔で礼をして。
「くっ……」
クロードの言葉が突き刺さったのだろうか、バーバラの体がぐらりと傾いだ。
「クロード……あなた……あなたは自分が誰に何を言っているかわかって……」
「わかっております。主家のお嬢様に弓を引いた。罰をというなら、いつでもお受けいたします。ただしそれは、テレーゼ様が幸せな未来を掴まれた、その先でということにしていただきたい。もし今すぐというならば、わたしは断固として抵抗いたします。そちらは3名、荒事の得意な人員を揃えているようですが、その程度でわたしを止められるとは思わないほうがいいですよ」
「ううううう……っ!?」
見れば、バーバラの目には涙が滲んでいる。
クロードに反逆されたことが泣くほどに悔しかったのだろうか、わなわなと手を震わせている。
形勢の変化を感じ取ったお客さんや新聞記者たちがざわつき始める。
そんな中、動いたのはリリゼットだった──
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