「糾弾」
白く抜けるような肌、清らかな美しい肢体。
輝くような金髪をシニョンに結って、バラを象った髪飾りを挿して。
金の小花を散らした赤のドレスは前開きで、薄いピンクと白のスカートを2枚履いてグラデーションをつけていて。
流行のモードを着こなしたバーバラはテレーゼに瓜二つの妹で、ふたりは仲のよい理想の姉妹だった……はずだ。
はずなのに、バーバラはわたしのことを親の仇のような目でにらみつけてくる。
「このテレーゼというのは本当に本当に本当に最悪の女ですのよ! アベル王子殿下が懇意になさっていた女性を嫉妬からイジメ倒しあまつさえ……!」
テレーゼの陰湿な性格や悪役令嬢然たる振る舞いの数々を、バーバラはすべてぶちまけた。
店のお客さん、音楽決闘に賭けてた人たち、新聞記者、テオさんにウィル、アンナ。
呆然とするみんなの前で、洗いざらい。
日時に具体的な行為まで含めた、裁判の提出記録さながらの正確さで。
あ、これ。
糾弾だ。
わたしは遅れて理解した。
悪役令嬢テレーゼが王都で受けた糾弾イベント。
それがいま目の前で形を変えて行われているのだ。
ゲーム制作陣の悪意が、またもテレーゼを打ちのめしにやって来たのだ。
音楽で身を立てて第二の人生を歩み始めたテレーゼに、容赦なく鉄槌を下しに来たのだ。
おまえに明るい未来などないと、全部暴露してやるからそこで惨めに悶え苦しめと。
それが悪役の末路だろうがと。
で、でも大丈夫だよね?
ここの人たちは悪役令嬢だった頃のテレーゼとは関係ないし、直接被害を受けた人だっているわけないし。
なによりわたし、こっちで頑張ってきたもん。
演奏でファンを増やして、声かけてくれたら笑顔で話して。
ご近所さんはもちろん、職場でも。
ちょっとやそっとの悪評でどうにかるようなものじゃない人間関係を築いてきて……だから……っ。
──……おいおい、聞いたか?
──おう、今のが本当なら、ちょっととんでもない話だぞ?
ん?
あれ?
──あの女、綺麗な顔しておいてとんでもねえ悪女だな。
──おう、よく人前に堂々と顔を出せたもんだ。
あれ?
あれれ?
──うちさ、被害に遭った娘と同じ年頃のがいるんだわ。ちょっと他人事とは思えねえな。
──うちもだよ。はっきり言って許せねえな。
わたしは驚き、辺りを見渡した。
お客さんの中にちらほらと、バーバラに同調する人が現れ始めたのだ。
初めはわずかだったそれが、やがて二人、三人と増殖していく。
瞬く間に一大勢力になっていく。
え、これなに?
もしかしてサクラでも仕込んでた?
バーバラの話もまるで台本でもあるかのように計算されたものだし、だとしたらこれは相当にヤバいのでは……。
──おい女! 恥ずかしくねえのか!
──今すぐ王都に帰って、その娘に謝りやがれ!
お客さんの数人があからさまにわたしを叩き始めた。
大声を上げ、壁やテーブルを殴りつけ、手近にあった皿を床に叩きつけ始めた。
そして、この不穏な状況に真っ先に反応したのが新聞記者たちだった。
──……おい、これはいったいどういうことだ?
──とにかくメモれ、スクープだぞ!
──朝刊の記事は差し替えだ!
新聞記者たちが忙しくメモを取り始めるに至って、とうとう他のお客さんのたちまでもがわたしを汚いものを見るような目で見始めた。中にはこれ見よがしに舌打ちをする人までいる。
テオさんやウィルやアンナ辺りはまだこちら側のようだけど、周囲の雰囲気に気圧されてだろう、明らかな戸惑いの色を見せている。
「……あれ? これって……」
もしかして、終わっちゃう?
ゲーム通りに破滅して、全部ダメになっちゃう?
考えられるかぎり最悪の展開に、きゅうと心臓が縮こまった。
顔からサアッと血の気が引いた。
「や……」
じわりと目に涙が滲んだ。
ガクガクと膝が震えた。
「やだ……っ」
スカートの裾を掴んだ手が震えた。
強く噛みしめた唇からは、鉄臭い血の味がした。
「やめてよ……っ」
なんとか絞り出した声は、みっともないほどにひび割れていた。
「そんなこと、言わないでよ……」
失われてしまう。
ウィルからの尊敬が、芽生えかけてたアンナとの友情が、テオさんからの信頼が、お客さんたちとの交流が、暖かな仕事場が、グラーツの都で手に入れたものが失われてしまう。
たったひとりで日本からやって来て、右も左もわかんないことばっかりで、それでもなんとか頑張ってやってきたのに、全部無くなっちゃう。
バーバラに嫌われていたこともショックだった。
ゲーム内ではあんなに仲良さそうに見えた姉妹が、実はこんな関係だったなんて。
王都からわざわざ時間をかけてやって来て、死体蹴りしようというほどのものだなんて。
もしかしたら、アベル王子への密告もバーバラの仕業なのだろうか、なんでそこまで……家族なのに……。
「わたし、がんばったのに……。わがままだって言わないで、家事だって手伝って、謙虚にさあ……」
音楽決闘の興奮は、勝利の喜びは、すでに消え去っている。
遠い過去の幻みたいに、どこへともなく。
今や胸の内にあるのは、冷たく濁った恐怖の塊だけ。
「もういいじゃんか……婚約破棄されて追放されて勘当されて、もう十分に罪は償ったじゃんかぁ……」
わたしの懇願をよそに、バーバラは糾弾を続ける。
新聞記者たちは興味津々で、バーバラの周りに囲みを作っている。
明日の朝刊の見出しは決まりだ。
『元公爵令嬢の悪辣、満天下に晒される』。
それを目にしたみんなはどう思うだろう。
バルに、長屋に、物見高い群衆が殺到するのではないだろうか。
石を投げられ、罵倒され、もうまともな生活が送れなくなるのではないだろうか。
「なんでここまで追っかけて来るのよぉ……。もういいやってはならないの? そんなにわたしのことが嫌いなの?」
たしかにテレーゼは嫌な奴だった。
リアルにいたら絶対友達にはなれないどころか傍にも寄りつきたくないタイプ。
だけどここまでする?
こっちはあんたと違って今や庶民で、今日明日の糧を自分で稼いでいるような状態なのよ?
「どう、したら、許して、くれるの? 死ぬ、まで、ダメなの? 一度、やらかした、人は、どこ、までも、徹底的に、叩いて、いい、ルール?」
言葉が上手く出て来ない。
頭の中がぐるぐるして、何も考えられない。
ただ怖くて、辛くて、足に力が入らなくて……。
、わたしはとうとう倒れて……倒れて………………あれ?
しかしわたしが倒れることはなかった。
ふらりと後ろへ傾いたところを、ガシリと力強い手が支えてくれたから。
「クロー……ド?」
振り仰ぐと、小さい頃からテレーゼに仕えて来た忠義の人が、深い深い悲しみを湛えた目でわたしを見下ろしていた。
「お嬢様、ご安心ください。お嬢様にはこのわたしがついております」
優しい言葉だった。
すっと胸に染み込むような、優しい言葉だった。
誰より身近にいた人の、これ以上なく信頼出来るひと言に、わたしの中の何かが揺れた。
「うっ……」
ぐう、と喉の奥で何かが鳴った。
どばりと涙があふれ、世界のすべてが滲んで見えた。
衝動のままにクロードの胸にしがみつくと、わたしは懇願した。
「おねがい、たすけて」
子供が親にそうするように、全力ですがりついた。
次話、ヒーロー到着!
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