「勝利とバーバラ」
わたしが『熱情』を弾き終えると、店中から通りから、万雷の拍手が沸き起こった。
空気を直接引っぱたいたような、すさまじい音量。
お客さんの拍手の量で勝者を決めるのが『音楽決闘』の流儀だから、どちらが勝者かは明らかだろう。
「そんな……わたしが負けるなんて……」
リリゼットは肩を落とし、呆然と立ち尽くしている。
「やった! やったあー! さすが先生!」
ウィルは喜色満面、力いっぱい拍手をしている。
「ま……まあまあ上手だったわね。その………………すごいと思う」
ツンデレアンナも頬を上気させながら認めてくれ。
「お嬢様……見るたび成長なさって……」
クロードもハンカチを目元に押し当てて感激の様子。
──テレーゼ嬢、今のお気持ちをどうぞ!
──これほどの技術を、いったい誰に師事して身につけられたのですか!?
──聴いたこともない、けれど素晴らしい曲でした! 作曲はご自分で!?
──楽譜は公開なさるおつもりですか!?
新聞記者たちがどっと押し寄せた。
──うちの店でも弾いてくれないか!?
──抜け駆けすんな! だったらうちでも!
──作曲のご依頼を受けてはいらっしゃいませんか!? 病気のうちの娘のために何か感動的なのを!
──じゃあわたしにも! 一曲作って! 今度結婚式があるの!
仕事依頼も殺到した。
「わっ……とっ……た……っ?」
その勢いが凄すぎて圧倒されわたしは、ズザザと壁際まで追い詰められた。
「ちょ、ちょっと待って、お願いだからもっとゆっくり……ひゃあああっ!?」
わたしの窮地を見て取ったクロードが、サッとばかりに壁として立ちはだかってくれた。
「お嬢様は疲れておいでです。質問は順番に、節度を持って行っていただきたい」
──なんだ君は! 関係のない人はどいて! どいて!
──ちょっと空気読んでもらえるかな!
──無駄に図体がデカいな君! 邪魔だよ! 邪魔!
──テレーゼ嬢! どうか一言! 一言ぉー!
数に任せてクロードを突破しようとする記者陣だが、力の差は歴然。
どれだけ押してもクロードはびくともせず、山のように立ちはだかり続けた。
さらに……。
「節度を持って行っていただけないと、何せこの状況です。足を滑らせて転んで、怪我をするかもしれませんよ?」
にっこり笑うクロードの言葉には、明らかな殺意がこもっている。
闇の世界の殺し屋を思わせるその迫力にビビった記者陣は、素直な子供のように大人しくなった。
アイドルのサイン会さながら、一列に並んでお行儀良く質問して来るようになった。
「ふうー……ありがとねクロード。助かったわ」
わたしの傍らに護衛として佇立するクロードに、小声で礼を言っていると……。
「みなさん! 騙されちゃいけませんわ!」
不意に誰かが、大きな声で叫んだ。
「そこの女はねえ! みなさんが思っているような立派な淑女ではないの! アベル王子殿下との婚約を破棄され、王都を追放され、あげく公爵家を勘当されたとんでもない女なんだから!」
「……なっ!?」
いったい誰よわたしのプロフィールをそこまで細かく知ってる奴はと思って声の方に目をやると……。
「え……え……バーバラ……? なんでこんなところに……?」
どうしたことだろう、それは王都のお屋敷にいるはずのテレーゼの妹、バーバラだったのだ……。
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