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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第八楽章:ラプソディー・イン・ブルー/アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
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「『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』」

「行くわよ。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作『ト長調K. 525 アイネ・クライネ・ナハトムジーク』」


 つぶやきつつ、わたしは弾き始めた。

 暗闇の中、八十八鍵の鍵盤へと手を走らせた。


 第一楽章はアレグロ──速く。


 ベートーヴェンの『エリーゼのために』と並ぶほどの史上最大級に有名な出だしのユニゾン部が、暗闇の中に響き渡る。

 華やかで軽やかなモーツァルトのイメージ通りの楽曲が、無明の闇の中を跳ね回る。

 暗闇だからこそ雄弁に、これ以上ないほどに純粋な、音の粒となって踊り回る。

  

 ──……おいおい、ホントに始まったぞ。

 ──この音って、あのピアノから出てるんだよな? どこか外で弾いてるんじゃねえよな?

 ──今までいろんな曲弾きょくびきを聴いてきたが、さすがにこれはねえわ……。


 呆れとも感心ともつかないようなため息が、そこここでこぼれる。

『大人の遊び場』とは思えぬような、真剣な空気が醸成される。


 まあそうだろう。

 目隠しピアノ自体は練習すれば誰でも出来ることだし、ユーチューブなんかでもそういった動画はたくさんある。

 けれどそれをこの文明レベルでやる人はそう多くないだろうし、いたとしてもレベルは知れたもの。 

 しかも完全な闇の中でやるというのは見たことがないはずだ。

 

 なぜかというと、ピアノはそもそも人前で弾くものだから。

 技術を競い、完成度を競うものだから。

 多くの観客がいる中で明かりを消せば諸々の不具合が生じるし、事故などのリスクもある。

 だから誰も選ばない。そんな逆境での演奏を選ぶ理由がない。


 今回わたしは、あえて奇をてらった。多大なリスクを背負ったんだ。

 そうすれば普通の目隠しにおける「もしかしたら見えているんじゃないか」という疑念を晴らすことが出来るし、暗闇の中に置くことによって観客の五感を通常時よりも遥かに研ぎ澄ますことが出来るから。

 余計なことを考えさせず、わたしの演奏に集中させることができるから。

 その余計なこと(・ ・ ・ ・ ・)の中には、南部出身でないエリート階級出身のリリゼットや、リリゼットの友人であるわたしへの反感、悪い先入観なども含んでいる。


 そして、その効果は顕著に表れた。

 一個の人間であるわたしの演奏を聴いた観客が、一斉につぶやいた。

 

 ──……これはとんでもねえな。

 ──ああ、間違いない。今まで聴いてきた中で最強のバケモンだ。

 ──この状況での音の粒立ちよ。叩き間違えとかしないんか?


 観客は、わたしの演奏に集中している。

 心の底からというような純粋な感想と感心が、そこここでつぶやかれている。


「……へっへっへ、い~いじゃない。素直ないい子たちにはご褒美をあげようねえ~」


 口の端に笑みを浮かべながら、わたしは弾いた。

 ゆったりと甘い第二楽章を、快活な第三楽章を、心をこめて──


 アイネ・クライネ・ナハトムジーク。日本語に訳するならば『小さな夜の音楽』。

 三十五歳で亡くなるモーツァルトが三十一歳の時に書いたこの曲は、まさに晩年の名曲だ。

 父レオポルトの死、もうひとりの天才ベートーヴェンとの出会い。

 忙しいモーツァルトの人生の中でもとりわけ激変だった数か月の間に書かれた結果として、原点回帰したかのように明るい曲調に戻っている。


 そう、モーツァルトの原点は、真骨頂しんこっちょうはこの明るさにあるのだ。

 比較的シリアスな『K.310』であってもただ暗いままでは終わらせない。必ず最後に光明を見出す陽気さにあるのだ。

 

 そしてそれは、今この場においても顕著に表れている。

 本来人間は長時間の暗闇に耐えられない生き物なのに、それでもなおお客さんたちが楽しんでくれているのがその証拠だ。


 闇の中に音が舞っている。天使の羽のようなそれが、自分たちに光をもたらしてくれる。

 モーツァルト天性の陽気さが、幼い子供が歌うような自由さが、自分たちに幸福をもたらしてくれる。

 辛い労働環境にあっても、過酷な差別下にあっても、きっと自分たちには明日があると信じさせてくれるのだ。


 そうこうするうちに曲は第四楽章に突入、曲調は再びアレグロ(速く)

 暗闇に目が慣れてきたわたしは、小刻みに躍動する旋律を奏でながらリリゼットを見つめた。

 わたしの隣にいるリリゼットが、胸元で手を合わせているのがわかった。

 息を呑み、わたしの奏でる音に集中しているのも。かつてなく緊張しているのも。

 

 その緊張は何に対してだろう?

 わたしの演奏? モーツァルトの楽曲? 暗闇のミュージック? 


 おそらくはそのすべてだろう。

 わたしの技術、モーツァルトの類稀たぐいまれなる感性、こんな状況で演奏することだって考えたことはあるまい。

 どこまでいってもお嬢様で、なんだかんだで生き死にのかかわる苦境に追い込まれたことのない彼女にとって、それは想像を絶する衝撃だろう。

 音楽家としての在り方にすらかかわる事柄だろう。

 

「……ふ」


 わたしは小さく笑った。


 ──でも。

 ──でもね? リリゼット。

 ──そういうものなんだよ。押しなべて、


「勝つためならなんでもする。そのためならなりふり構わない。それもまた、音楽家の強さのひとつなんだよ」


 ドレミのドは努力のド。それでもダメならあとは気力。死して屍拾う者なし。

 かつてママに言われた言葉を頭に思い描きながら、わたしは長めのコーダを力強く弾き終えた。

 立ち上がると同時に照明が点灯、万雷の拍手が沸き起こった。

 

「……テレーゼ、今の……?」


 目もくらむほどの激賞の中、歓喜の渦の中で、リリゼットはつぶやいた。

 わたしを見つめながら、呆然と。

 

「もしかして、今の演奏、わたしのために?」


 言わずもがなのことを、確かめるように。

全力で書きました、悔いはない。

けど次も全力なんだ_(:3 」∠)_うん、死にそう。


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