「袋男⑨」
~~~ザムド視点~~~
「ふふーん。どう、兄さん? さっきから難しい顔してるけど、どうせテレーゼちゃんに惚れ直しちゃったんでしょーっ?」
眉間に皺を寄せ思い悩むザムドを、イリスがガンガン煽り立てて来る。
隣の席から、顔を覗き込むようにして。
「……ちょっと、黙っててくれる?」
「ふふーん。ノーダメージのふりなんてしてもダメなんだから。わたしにはまるっとお見通しなんだから」
「ちょっと……」
「テレーゼちゃんエロ可愛いもんねー。殿方としては興奮せざるを得ないよねー。わかるよわかるうーっ」
「……ちょっと、本気で黙っててくれる?」
額を押すようにして突き放すと、イリスは「あうっ」と呻いた。
押された場所を手で擦りながら、しかしなおもちらちら、ザムドの様子を窺っている。
ゴシップ紙の記者めいたイリスの振る舞いに、ザムドはそっとため息をついた。
(あ~あ、どうにもこいつは参ったね……)
言い返す気力も起きないし、無視するにはダメージがデカすぎる。
イリスの指摘は、実際のところ大当たりだった。
あの日イリスに指摘されて以来、テレーゼの見え方が変わった。
肌の色はより明るく、瞳の色はより深く、発する声は趣深く感じるようになった。
行動のすべてが、在り方のすべてがくっきりと見えるようになった。
といって、いきなり視力がよくなったり聴力がよくなったりしたわけではない。
単純に、自分自身の内面の問題だ。
(俺としたことが、どうやら本当に惚れちまったらしい)
自らの胸を締め付ける感情の正体に気づいたザムドがふと脇を見ると、こちらを見つめて来るクロードと目が合った。
常に冷静沈着な執事の瞳には、普段は見ない不安や焦りの色がある。
ザムドの挙動を探り感情を読もうとするかのような、どこか必死な気配がある。
(そうか。こいつも……?)
瞬間的に、ザムドは理解した。
クロードが今抱いている感情が、自分のそれと同じであることを。
胸の内にわだかまるこの感情が、どこまでも等しいものであることを。
その上でクロードは、ザムドの動きを探ろうとしているのだ。
テレーゼを奪い合うライバルとなるのか、そうでないのか。
もし障害となるならば……。
(……殺そうとして来る? いや、それはないな)
クロードの体術と、ザムドの暗殺術。
極限まで鍛え上げられたそれらがぶつかり合えば、互いにただでは済まない。
勝っても大きなケガを負うだろうし、勝った方を単純にテレーゼが好きになるとも思えない。
(なら、単純に恋愛対象として奪い合う? や、だが……)
まだ、ザムドは悩んでいた。
自分がテレーゼを好きだとして、その気持ちをどう扱うべきなのか。
正直に打ち明けていいものか。それとも胸の内に秘め、墓の下まで持って行くべきなのか。
わからなかった。
わからないまま、座り込んでいた。
やがて開演の時間となった。
店主のジョシュが銀色のベルを鳴らすと、店内の照明が一斉に落ちた。
暗闇の中、ピアノの音が鳴り出した。
綺麗な和音が粒を揃え、店内に鳴り響いた。
──……は? なんだこれ。
──どこから聞こえてくるんだ……?
──や、どこっておまえ、ステージのあのピアノだろ?
──いや、だっておまえこんな……何も見えないのに……どうやって?
無明の闇の中、音はたしかに聴こえて来る。
ザワつく客の胸に、軽やかな華やかな小夜曲が鳴り響く。
その曲の名は『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。
天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの遺した、最後のセレナードだ。
曲名の順番、間違えたかな。
ともかく次は、かの有名なモーツァルトの目隠しピアノです。
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