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「決闘の日々の中で」

 ピアノ弾きのバイトは順調にいっている。

 お客さんからの賞賛はもちろんチップの数も相当にあって、毎日ホクホク。

 テオさん始めとして従業員の人たちはみんないい人ばかりで、日々のまかないやお酒も実に美味い。

 弟子のウィルも可愛いしわたしにめちゃめちゃ懐いてくれてるし、アンナを交えて3人で遊んだりピアノを弾いたりも相当楽しい。

 しかも帰り道はクロードのお迎え付きときてる(夜道は危ないとのこと)、女としてこれ以上の幸せがあろうか?


「なーんて、いいことばかりでもないのよねえー……」


 ピアノの前に座りながら、わたしは深くため息をついた。


「おい女、貴様がテレーゼか!? 聞いたぞ、現在東地区で13連勝中らしいなあ!? だがそれも今日までだ! この吾輩わがはい、グエン・カイエンがストップしてやる! ……おい! 聞いてるのか!?」


 チラと声のほうを見やると、カイゼル髭の中年紳士が立っている。

 わたしを指差し声高に、どうやら『音楽決闘ベルマキア』の申し込みをしておられるようだ。


「はいは~い聞いてますよ。ええと、グエンさんでしたっけ。もしその決闘、やりたくないって言ったら?」


「その時はもちろん吾輩の不戦勝だ! 東地区最強決闘者の名誉は吾輩のものとなる!」

 

「ああー……やっぱりねえー……」


 さて、状況を説明しよう。


 ここグラーツでは音楽決闘が大流行している。

 それ自体は奏者が互いの名誉を賭けて行うものだが、それを賭けの対象として楽しむ人たちもいる。

 要は音楽決闘で賭博を行うわけだ。


 賭博を取り仕切る組織も存在し、胴元が派遣されたり勝率でオッズが決まったりもする。

 専門の新聞なども存在し、それによるとわたしは東地区注目の新人であり、目下最強の決闘者なのではないかと噂されているらしい。

 ちなみに異名などもあったりして、わたしの場合は『鍵盤の魔女』。


 中二病くさくて超恥ずかしいからやめて欲しいと思うのだが、皮肉にもそれがバルの集客に繋がっていたりする。

 噂の『鍵盤の魔女』が弾くピアノを聞きたいということで、なんと開店待ちをする人もいるぐらい。

 もし負けたりしたらその分のお客さんたちがごそっといなくなるわけで……。

 わたしを雇ってくれたテオさんの恩義に報いるためにも、断るわけにいかないのが辛いところさん。


「へいへい、わかりましたよ。やりますよーだ」


 今日も今日とて挑まれた決闘を、わたしは渋々受諾した。


「あーでも、ただ名誉を賭けて、だとつまんないよね? お客さんも盛り上がらないし。なのでそれ以外にも賭けを行いましょう。といってもお金賭けて決闘するとクロードに怒られるから、別のものを賭けてもいい?」


「誰だクロードとは……まあなんでもいいが……」


「じゃあさじゃあさ、こうしましょ? わたしが負けたらこの髪を切る。それであなたが負けたら~♪」


 人差し指と中指をゆらゆら振りながら、わたしは提案した。


「その立派なお髭をバッサリカットしちゃいま~す♪」


 この提案に、グエンさんは目に見えて動揺した。


「ぬっ……? こ、この髭を切るだと……?」


「大丈夫大丈夫、勝てばいいだけだから。だってグエンさん、そのつもりで来たんでしょ? わたしに勝って東地区最強の決闘者になるんだってそんな気合の入った人が、まさかこの程度の罰ゲームに怯えて勝負を逃げたりしませんよね~?」


「むっ、むっ、むっ、無論だっ」


 顔が赤くなったり青くなったりで動揺してるのは明らかなのだが、グエンさんはカイゼル髭をしごいて平静を装い続ける。


「小娘め、吾輩を舐めたことを後悔させてやるっ。言っておくが、あとで泣いても知らんからな。貴様の髪の毛は公衆の面前で吾輩が……っ」


 その後もグエンさんはああだこうだと述べて来た。

 盤外戦術というか、わたしを脅して調子を崩させようというのだろうが、甘い甘い。

 こちとらね、現役時代にそんなのたくさんくらってきたんだから。

 ほーんと、あの世界はね……色々あるんすよ……(げっそり)。


「はいはいグエンさん、始めますよ~。楽しい楽しい決闘の時間の始まりですよ~」


 子供に言い聞かせるようにすると、わたしは憤るグエンさんに背を向けた。 

 鍵盤に向かい、すっと手を伸ばすと──




 □ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □



 

「先生、聞きましたよっ。また勝ったって、ホントにすごいっ」


 学院から帰って来たウィルが、背負っていた鞄をテーブルの上に置くなり言った。


「いいなあ~、ボクもその場にいたらなあ~。先生のかっこいいとこ見られたのに~」

 

 実に残念そうにつぶやくのに、わたしはピースサインをちょきちょきと動かし、にっこり笑って見せた。


「そんなにたいしたもんじゃないわよ。まあ大の大人が半べそかくシーンはなかなかに見ものだったけど」


 大量の見物客の前で自慢のカイゼル髭をバッサリいかれたグエンさんには少し悪いけど、まあこんな小娘に大の大人がケンカ売って来るのがそもそもあれだからね。

 これを機にもうちょい大人気ある大人になっていただきたい。

 

「ついでにこれで、わたしに挑もうとかいう無謀な連中が減ってくれればいいんだけど……」


 わたし自身は決闘にはまったく興味がないというか、むしろ無い方がいい。

 それ、やる必要ある? って本気で思う。

 日々ピアノを弾いて、それをみんなに楽しんでもらえればよくない?

 わざわざヒリつくような思いまでして勝負に挑むことなんてなくない?

 

 そんなわたしの思惑とは裏腹に、決闘者は後を絶たなかった。

 たしかに中には相当なレベルで弾ける人もいたが、わたしはそのことごとくに勝利を納めた。


 そもそものスタートラインが違うのだ。

 名曲チートに加えて、向こうの世界の成熟した音楽教育のもとで育まれた技術を持つわたしが負けるなんてことあり得ない。

 両手の動きは全盛期のちょうど半分といったところだけど、敗北が頭をよぎる瞬間すらない。


 ただひとつ可能性があるとすれば、それはこのゲームの構造の問題だ。

 なにせこれは没落悪役令嬢テレーゼの死体蹴りシナリオ。

 音楽に活路を見出すことで今までは上手くやってきているが、それがいつまで続くかはわからない。

 なんらかの突拍子もないアクシデントが起こるか、あるいは教育の差なんてものともしないほどの圧倒的な才能に遭遇する時が来るのではないか。

 そう──それこそあの村浜沙織むらはまさおりのような天才が現われるのではないかと、わたしは密かに恐れていた。

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