「クロードの葛藤」
ステージから最も遠い客席に、クロードはいた。
クロードの隣にはツキカゲ、コーゲツの護衛コンビ。テーブルを挟んでザムドとイリスの兄妹もいた。
クロードとしてはテレーゼに何かあったらいつでも飛び出せるよう出来る限り近くにいたかったのだが、ステージ近くは一等席であり、他のお客さんが最優先なので座ることが出来ない。
ステージ袖はひっきりなしにホステスが通過するので、立って眺めることも出来ない。
だからこそ一番遠いこの位置に甘んじているのだが──
(今夜はここでよかった……本当に)
クロードは内心でそうつぶやいた。
問題は、リリゼットと共にアップライトピアノの前に座るテレーゼの服装である。
いつもの街娘然とした身軽な服装ではなく、本気のコンサートで使う時のお嬢様然とした服装でもない。
大人の男性向けの遊技場である『ジョシュの店』のTPOに合わせた衣装を身に着けたテレーゼは、率直に言ってエロチックすぎた。
大きく肩を出し胸元を露出し、足も大胆なまでに覗かせている。
顔には薄っすらと化粧が施され、全体的に大人の装いとなっている。
16歳という年齢にしては子供っぽい印象のある彼女が夜の華として着飾る様はいかにも背徳的であり、見る者の気持ちをソワソワと落ち着かなくさせる。
堅物クロードですらもグラつくほどの、それは強力なものだった。
「クロードよ。どうだい、お嬢ちゃんに惚れ直したかい?」
「涼しい顔して。ホントは今すぐステージにかぶりつきたい気持ちなんだろう?」
「いえ、そんなことはございません」
ツキカゲとコーゲツの軽口に、クロードは断固としてかぶりを振る。
「わたしはいつもと同じですし、場所もここで結構です。ここでお嬢様の成功をお祈りしております」
近づきすぎるとおかしな気持ちになりそうだから……とは、さすがに言えない。
「ほうーん、そうかいそうかい。まあいいけどよ、客観的に見てお嬢ちゃんが魅力的な女だってこと自体は間違いないだろ?」
「そうそう、これを機におかしなことを考える輩が現れるかもしれねえぜ? モタモタしてたら横からかっさらわれちまうかもよ?」
おかしなことを考える輩──煽るふたりの目線の先にいるのは誰あろうザムドだった。
ステージを眺めている大男は、腕を組み胸を反らして泰然と構えている。
一見いつもと同じように見えるが、指でトントンと自らの二の腕を叩いていたり、いつもなら軽く受け流す妹の煽りにいちいち真面目に反応していたりと、明らかに余裕がなさそうだ。
その瞳が捉えるのは紛れもないテレーゼの姿であり……。
ということはつまり……この男もまた……。
「あの兄ちゃんも最近おかしかったしな。こりゃあ今夜辺り、ひょっとしたらがあるかもよ?」
「盗られる前にこちらからガッと行っといたほうがいいんじゃねえか?」
「と、盗るとか盗らないとか、お嬢様は物ではなく……」
口では最もらしいことを言いながら、クロードは内心で焦っていた。
(お嬢様があのような胡乱な男に盗られる? そんなのは許されないことだ。だが、許されないからと言って自分がどうこうというのは……。執事であるわたしがそんなことをしていいわけが……)
クロードは葛藤し──
そしてまた、ザムドも葛藤していた──
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