「円陣の中」
ホステスさんたちへの指導は一日だけでは終わらず、わたしはしばらくの間南部に滞在することにした。
ほとんど思い付きに等しいわたしの行動に、しかしみんなは辛抱強くつき合ってくれた。
クロードはもちろんザムドさんもつき合ってくれ、毎日練習の場所にイリスちゃんを連れて来てくれた。
寝泊まりする場所リリゼットの家、職場は『ジョシュの店』で、食事はシャイアさんの実家のビストロで。
ホステスさんたちはみんな人懐っこく、指導をしていく中で関係性も深まり、最終的には親戚ぐらいの距離感になれた。
最終的──そう、最終的にだ。
学生の合宿にも似た南部生活は実に楽しいものだったが、どんな物事にも終わりはある。
しょせんわたしは東部の人間なのだ。
ウィルの教師もしなければならないし、『酔いどれドラゴン亭』でのお仕事もあるし、音楽院へも通わなければならない。
ここでみんなと楽しく暮らす、そんなわけにはいかないのだ。
「──さあみんな、本番よ」
いよいよ迎えた本番の日。
じゃっかんの寂しさを抱えながら、わたしはみんなと円陣を組んだ。
何分狭い楽屋なので、綺麗な円を描くというわけにはいかない。
一部の人はしゃがみ込み、一部の者は廊下へとはみ出している。
ちょっと歪な円だったけど、ともかくみんなで肩を組んだ。
「ここまで練習につき合ってくれてありがとう」
右肩にリリゼット、左肩にシャイアさん。
女だらけの円陣の中心で、わたしはみんなに声をかけた。
「こんな素人の指導を信じてついて来てくれて、ホントにありがとう」
普段はお茶らけてばかりのわたしの、しかし真っ向からの感謝に、みんなは意外そうに眉を開いた。
しかしすぐに真意を察すると、ゆるり口元を緩めた。
互いの肩を揺すり、くすぐったそうに笑ってくれた。
だからというのもあって。
わたしはすんなり本音を口にすることが出来た。
「実を言うと、最初は不安だったりしたの。みんなが言うこと聞いてくれるかなーとか、そもそもの提案自体を受け入れてくれるかなーとか。でも、そんなの全部杞憂だった。みんなはわたしを受け入れてくれて、練習もこなしてくれた。形になるのもすんごく早くて、驚いちゃった」
音大時代の授業の一環で幼稚園児たちにダンスの振り付けをした時とはえらい違い……ってまあ、そんなの当たり前なんだけど。
ここの人たちはみんなが大人だし、ほとんど全員がダンスの経験ありだったし。
「そんなに大仰に言わなくてもいいさ。全部あんたのおかげだよ。あんたの教え方が上手いから、みんなすぐに覚えられたんだ」
感謝の言葉を伝えきれないでいるわたしの肩を揺すり、シャイアさんが嬉しい言葉をかけてくれた。
「シャイアさん……っ」
ひとりで家にいるイリスちゃんを訪問したりとかもだけど、なんてイイ人なんだあーっと思って感動していると……。
「ピアノも上手だし、男のオトシ方も上手だしで、参考になることばかりだったよ」
「ちょ、え、なんて!? おおおおオトシ方なんて知らないんだけどっ!?」
シャイアさんの口から出た思ってもみなかった言葉に、わたしは頭からピーと湯気を出した。
「あらあら、とぼけちゃって」
「ととととととぼけてないしっ!? もうっ、変なこと言うのやめてっ!?」
クロードやザムドさんのことを言っているのだろうとは想像つく。
想像つくが、認めるわけにはいかなかった。
わたしは断じてそんなことを狙っているわけではないし、最近ふたりの様子がおかしいのもたぶん何か別の理由があるはずだしだし。
それに……それにさ?
もし認めてしまったら、この関係は即座に瓦解してしまう。
そんな風にも感じてしまうんだ。
わたしを取り巻くこの楽しく暖かい環境が無くなってしまう、そんな風にも。
だからわたしは、必死に否定した。
首をぶんぶか振って、必死に。
「はいはい、そうゆーことにしておこうかい」
そんなわたしの気持ちを見抜いたのだろうか、シャイアさんはニヤニヤ笑うと。
「じゃあ、これを機にオトシちまったらいいんじゃないかい? ほれ、ちょうどよくそんな格好もしてることだしね」
「くっ……?」
痛い所をつかれたわたしは、反射で胸元を隠し股を閉じた。
そう──今わたしが着ている衣装はかなりエッチぃものなのだ。
真っ赤なワンピースは大きく肩が出てて、胸元は大胆にはだけてて。
ロングスカートの下からは黒いペチコートと真っ赤な網タイツが覗いている。
リリゼットの予備の衣装をわたし用に調整したものなのだが、天使みたいな外見のテレーゼが着ているとものすごい背徳感があって、世の男性を性的に興奮させるだろうことは容易に想像がつく。
いかにも朴念仁なあのふたりでも、さすがにこれを着たわたしを見たら……っていやいやいや、何を考えてるんだわたしはっ!
「もうっ! いいから本番に行くわよ! みんな、気を引き締めてね! エイ、エイ、オー!」
顔を真っ赤にしたわたしが半ば無理やり号令をかけると、みんなは爆笑しながら唱和してくれた。
「ああもう、シャイアさんのせいでなんだか締まらない形になっちゃったじゃないかあーっ!」
「あっはっは、ごめんごめん。でも笑ってリラックスするのはいいことなんだろ? あんたも言ってたじゃないか」
「そうだけどっ、そうだけどおおおーっ!」
こんな形で笑いをとるのが不本意すぎて、わたしは思わず頭を抱えた。
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