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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第八楽章:ラプソディー・イン・ブルー/アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
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「袋男⑧」

 ~~~ザムド視点~~~




 ステージ上ではテレーゼによるショーダンス指導が行われている。


 ホステスたち20人のそれぞれに役割を与え、演技指導にダンスの振り付け。

 ピアノ弾きとは全然勝手が違うだろうに、のびのびと楽し気に指揮をとっている。


 ホステスたちも普段とは違う趣向を楽しんでいるのか、はたまたいけ好かない常連たちに目に物を見せてやりたいという精神からか、それぞれが意欲的に練習に打ち込んでいる。

 楽しんで行っているせいだろう練習効率もよく、みるみるうちにショーダンスが形を成していく。


「テレーゼちゃーんっ。がんばってーっ」


 客席から立ってテレーゼに声援を送るイリスの傍らで、ザムドは黙って座っていた。

  

「ふうーん。俺にはよくわからんけど、なんだかすごいことをやってるんだねえー」


 素っ気なく振る舞うザムドだが、内心では大いに戸惑っていた。


 あっちへぱたぱたこっちへぱたぱた、忙しなく動き回るテレーゼの姿がいつもよりもまばゆく見えた。

 ホステスたちとのやり取りや演技やダンスの出来に一喜一憂する表情の変化が、いつもよりも胸に沁みた。

  

 普段から好ましい少女だとは思っていたが、今日の姿は今までとまるで違った。

 内側から光を発してでもいるかのような、圧倒的な輝きに満ちていた。


(ああー……いかんね。こういうのは非常によくない)

 

 これがイリスのせいなのは知っている。

 昨夜妹によってさんざん煽られた結果、自分がテレーゼを変に意識してしまっているのは間違いない。


(あり得ないと知ってるはずなのに考えちまう。やめようとしてもやめられない。こいつはちとキツイね……)


 なるべく意識しないように努めたが、そうすればするほどドツボにハマっていく。

 テレーゼの顔を見るたび胸が高鳴り、声を聞くたび掌の内側に汗が生じる。

 

 そんな兄の変化を見抜いたのだろうイリスが、ぐいっと顔を覗き込んできた。


「ふふふふふ、兄さん。実はテレーゼちゃんに惚れ直しちゃってるでしょ~。あ~、ダメダメ。隠したってダメなんだから。わたしはそうゆーのに詳しいんだから」


「だからやめろってば。そうゆーんじゃないから。テレーゼちゃんは俺にとって、面白くて楽しい友達だよ、それ以外の何者でもないんだって」


 いきなり核心を突かれたことに冷や汗をかきながらも、ザムドは必死に平静を装った。

 自分にとってテレーゼは友達であり、彼女にとってもそれはまったく同じであり、だから惚れるも何もないのだ云々(うんぬん)……。


 だけど言葉を重ねれば重ねるほどに焦りにも似た気持ちが強くなり、言葉も上滑りしていく。

 そこを的確にイリスに突かれ、焦りはさらに大きな波を生み……。

 

(ああもう、なんだろうこの感情……っ?)


 自らの内より生じる未知の感情に戸惑っているザムドの隣に、イリスが座った。


「はあ~、面白かったっ。あんまりにも面白いから、兄さんをいじりすぎて疲れちゃったっ。ちょっと休もうっと」


 ハイテンションで遊び過ぎたせいだろう、イリスの額には汗の玉が浮いている。

 息遣いもわずかにだが荒いようだ。


「……おいおい、大丈夫か? ああもう無理するから……。家からここまで来るだけだって大変だっただろ?」


 心配したザムドが服の袖で汗を拭ってやると……。


「ふふふふふ、大変じゃないと言ったらウソになるけどねえ~」


 イリスは目を細めると、ザムドの世話に気持ち良さげに身を委ねた。


「それでもわたし、見たかったんだもん。兄さんの意中の人が」


「だからそれは……」


「いいんだよ、いいの。これはわたしが勝手に楽しんでるだけだから」


 呼吸が整い余裕の出てきたイリスは、くすくすと楽し気に笑い出した。


「いやあ~。でも、来てよかったなあ~。テレーゼちゃん、思ってたのの百倍も可愛いし。ピアノが上手くてミュージカルの指導も出来て。おいおい生き別れの姉妹か? ぐらいに一瞬で打ち解けることも出来て」


「そのせいで倒れたら台無しだからね? ホントに無理しないでくれよ?」


「もう~、兄さんは心配性だなあ~。でも大丈夫。内職してるし、教会で子供たちにも遊んでもらってるし、これでも以前よりは体力ついてるんだから」 


 むん、とばかりに出ない力こぶを誇示してみせるイリス。


「それに、小姑こじゅうととしては将来のお嫁さんのことをもっと知っておかないと」


「やれやれ、まぁぁぁた言ってるよ。俺とテレーゼちゃんはそんな関係じゃないって何度言ったら……」


 肩を竦めるザムドの顔を、イリスが覗き込んできた。


「ねえ兄さん。それ、本気で(・ ・ ・)言ってる( ・ ・ ・ ・)?」


 魂の底までも見透かすような琥珀色の双眸に見つめられ、ザムドは一瞬息を呑んだ。


「兄さんってさ、昔からそうだったじゃない。ホントにやりたいことを犠牲にして、家族のために身を粉にして働いて。お母さんが死んじゃってからはわたしのために働いて。毎月毎月たくさんのお金を送ってくれて」


「……」


「兄さんが優しいってのはわかるけどさ、もうそうゆーのはいいんじゃないかなって思うんだ。わたしの体も段々よくなってきてるし、もうそろそろ自分の生き方を探してみてもいいんじゃないかって」


「生き方を……探す?」


「うん。自分の好きなように、自分のしたいことを追及してみたら? もちろんその先にいるのが必ずしもテレーゼちゃんじゃないかもしれないんだけど……個人的にはそうだったらいいなってすごく思うけど……でも」


 イリスは言った。


「兄さんが肩肘張らずに自由に生きられるなら、それが一番いいなってわたしは思うから」

 

 今までのそれがウソみたいな、大人びた口調で。 

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