「他人とは思えない」
長い長い一夜が明け、わたしたちは例のビストロに集まった。
わたしとリリゼット、クロードにツキカゲさんコーゲツさん。
朝食を済ませた頃に、ザムドさんも遅れてやって来た。
なぜかみんな、疲れている様子だった。
ツキカゲさんとコーゲツさんは深酒したみたい?
クロードはそんなに呑んだ様子もないけど、どこかソワソワとして落ち着かない様子。
リリゼットはなぜだかよくわからないけどわたしの手を握ってるし……(もう逃げる恐れもないのでいいのでは?)。
普段はドンと構えて動かないザムドさんも、なぜか気まずそうに目を反らしてる。
「「「「「「……」」」」」」
昨夜、何があったのだろう?
朝食中もだったけどみんな総じて口数少なく、誰かが話し始めるのを待っているようだ。
「え、えーと……みんな、昨夜は楽しく過ごせたっ? リラックスして、英気を養えたっ?」
「「「「「「……」」」」」」
精いっぱいの明るさで振った話題に、しかし返って来たのはどんよりとした視線だけだった。
うわー、これ絶対何かあったやつじゃん。
昨夜何かあって、それが未だに尾を引いてるやつじゃん。
ひとりふたりならともかく、この人数でそれをやられると気の回しようがないんだけど?
というかなんでわたしが一番気を使わなきゃいけないの?
いやまあこの中だと一番年上だからわからないわけじゃないけど?
って誰が年上やねーん、外見は16歳やっちゅーねんっ。
などと半ば逆ギレ気味にノリツッコミしていると……。
「あ、見つけた。兄さんだ、やっほーいっ」
どこからか能天気な声が聞こえて来た。
声の方を見やると、そこにいたのはひとりの女性だ。
二十代半ばぐらいの若い女性。
絹のように真っ白な長髪を背中まで垂らしている。
琥珀色の瞳はキラキラと楽し気に見開かれている。
超がつくほどの美人だが、満面の笑顔がどこか子供っぽくて可愛いらしい。
「イリス? なんで来たの?」
女性の登場に強い反応を示したのはザムドさんだ。
いかにもぎょっとした様子で、目を白黒させている。
「家で大人しくしてろって言ったのに……」
「ええーっ? だってだってっ、わたしもテレーゼちゃんのこと見たいんだもんっ」
子供みたいに身をくねらせてイヤイヤする女性の名は、聞いたところによるとイリスさん。
ははあーん……じゃああれね? これが例のザムドさんの、心臓の悪い妹さんね?
ううーん、なんとも美人だなあー。
明るくて素直そうで、強面のザムドさんとはえらい違い……というと怒られるだろうか。
でもほら、ザムドさんってなんにも知らずに見たらマフィアみたいに見えるから。
などと思っていると……。
「んーで、どこにいるのテレーゼちゃんは? むむ、女の子がふたり……気の強そうな赤毛ツインテのコとお喋りっぽい金髪ロングのコと……むむむむむ?」
腕組みをして、目を細めて。
やがてイリスさんはわたしにターゲットを絞ったのだろう、じろじろと遠慮なく見つめて来た。
「なにかしら……わたしこのコ、他人だと思えないんだけど……」
そうなのだ。
実はわたしも同じことを思っていたのだ。
歳よりも若くあどけなく見えるところや周りの空気絶対読めてない感が、本気で他人と思えない。
「イリスさん……いえ、イリスちゃん。実はわたしも同じことを思っていたの」
「あなたもっ? じゃあやっぱり……」
わたしたちはガシッと両手を握り合い、自らの感覚が間違いでないことを確かめ合った。
至近距離で見つめ合いながら、同時に言った。
「「わたしたち、生き別れの姉妹かもっ」」
いや絶対そんなことはないんだけどね。
そうゆーことを迷いなく言えちゃう精神レベルがそっくり同じ。
「「ぷっ、くすくすくす……っ」」
タイミングまで完璧にかぶった発言に、わたしたちはたまらず噴き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「あは、あは、あははははははっ」
「あはははは……げほっ、ごほっ」
だが、それがよくなかったのだろう、イリスちゃんは体を折って咳き込み始めた。
あわわわわわ。
そうだこのコ、心臓が悪いんだったっ。
「わわわっ? ご、ごめんねイリスちゃんっ」
「えほっ、げほっ……ううん、いいのよテレーゼちゃん」
目じりに浮いた涙を拭いながら、しかしイリスちゃんは楽しそうに。
「それよりね? わたし今、とってもとっても嬉しいのっ。だってあの無愛想で朴念仁な兄さんに、こんなに可愛らしいお友達が出来たんだものっ。ねえテレーゼちゃん、兄さんと末永くよろしくねっ?」
「うんうん、もちろん。うん……? 末永く?」
イリスちゃんの不思議な言い回しに首を捻りつつ、わたしたちは『ジョシュの店』へと向かったのだった。
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