「袋男⑥」
~~~ザムド視点~~~
「ただいまっと。…………なあ、なんだか物が増えたか?」
ひさしぶりに家に入って一番最初に感じたのはそれだった。
6畳2間のいたるところに、何やら見たことのない紙の束や小道具類が積まれている。
インテリアや生活用品の類には見えないがと、イリスに目顔で訊ねると。
「えへへ……実はね、最近内職してるの。教会のお仕事で、洗礼書とか免罪符を書いたりね。お祭りの時に使う祭具も作ったりしてるの。わたしってば、正確で仕事が早いって評判なんだから」
えっへん、とばかりに無い胸を張るイリスだが。
「内職だって? 診察料はもちろん、おまえが働かなくてもいいぐらいは金送ってるはずだけど……。物価とか上がったの?」
「ううん、そうじゃないの。お金のためじゃないの」
イリスが言うには、単純に何もしないで家にいるのが耐えられないのだという。
暇で暇で、バターの如く溶けてしまいそうなのだという。
「ほら、わたしってば人より体が弱いじゃない? だから長時間外にいることが出来ないし、外で働くことはもちろん、誰かと話したり遊んだりってことも出来ないじゃない? たまにシャイアさんが遊びに来てくれたりはするけど、それぐらいしか外の世界と接点がなくて……」
「そうか、シャイアがそんなことを……」
『ジョシュの店』で再会した時にはそんなこと言ってなかったけど、そうだったのか。
思ってもみなかった幼なじみの働きに感謝していると……。
「うん、そうなの。とっても助かってる。でも……でもね? それでもやっぱり寂しいの。兄さんはあんまり帰って来てくれないし……誰かと喋りたい欲求がすごくて……」
「……ああ、すまない」
ザムドは唸った。
そこを突かれると、さすがに弱い。
いかに自らの仕事に対する負い目があるとはいえ、もう少し帰って来るべきだったろうか。
などと思い悩んでいると……。
「ううん、別に謝って欲しいわけじゃないの。ただ、わたしはそういう気持ちで働いてるんだってこと。教会だったら距離も近いし、なにせ教会の人だから安心だし。たまに遊びに行ったりすると子供たちが構ってくれたりして楽しいし……。それで……いいかな? このままお仕事続けても」
両手をもじもじと組み合わせながら、イリスは聞いて来る。
ザムドに怒られ辞めさせられると思ったのだろう、不安そうな顔をしている。
「んー……」
ザムドは悩んだ。
病気のこともあるし、本音としては家で大人しくしていて欲しい。
だが、それがイリスのストレス解消になるのであればしかたがないかという部分もある。
両者の折り合いをつけなければいけないのであれば、どちらかというなら後者を優先したい。
何せ自分は、そうそう頻繁にここを訪れられるわけではないのだから。
仕事相手が教会だというのも悪く無い。
南部においては数少ない良心的な組織であり、子供たちが構ってくれるというのであれば(普通は逆だろうが)イリスの生活にも多少の彩りは出るだろう。
「……いいよ、続けても」
悩んだ末に許すと、イリスはパアッと表情を明るくした。
「ホントっ? ホントにホントっ?」
「うん。ただし、体に無理のない範囲で行うこと。辛くなったら……いや、それじゃ遅いから、辛くなる前に積極的に休むこと。守れるか?」
「うんっ、うんっ、守るっ。ありがとう兄さんっ」
イリスは子供みたいに「わーいわーい」と手を挙げて喜んだ。
そして急に、思い出したように聞いてきた。
「あ、そうだっ。兄さんもうご飯食べたっ? 簡単なものでよければすぐ作るけどっ」
「ああ、いいな。もらおうか」
「わかったっ。すぐだから待っててねっ」
エプロンを身に着け「がんばるぞーっ」と張り切るイリスの背中を見ながら、ザムドは食卓についた。
本当はすでにビストロで食べて来たザムドだったが、これほどまでに喜んでいるイリスの期待を裏切るわけにもいかない。
「……ま、簡単なものなら食べられるだろ」
ベルトを緩めながら、料理が出来上がるのを待つことにした。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
夕食後は、一転してイリスの質問タイムとなった。
ザムドが最近何をしているのか。
どうして今になって帰って来たのか。
得意料理であるカルボナーラをフォークでくるくる巻きながら、様々な質問を投げて来た。
「ああ、それはな……」
自らの仕事内容には触れないよう最大限の配慮をするザムドだが、それ以外の部分については触れないわけにはいかない。
自然、テレーゼとのあれこれを話さないわけにはいかなくなり……。
「えええーっ、ホントっ!? とうとう兄さんにもそんな人ができたんだっ!?」
兄の口から女性の名前が出て来たことに、イリスは大興奮。
テーブルにバンと手をついて立ち上がると、目をキラキラさせながら質問を重ねて来た。
「好きなのっ!? 好きなのっ!? 好きなんでしょっ!? もしくはもうつき合ってたりっ!? あああーっ、どうしようっ!? いよいよわたしが義姉さんになる日が来ちゃったっ!?」
「待て待て、そういう意味の相手ではないんだ。恩というか義理というかそういう複雑なあれがあって、ここへ来ることになっただけで……」
「だとしても大きなことだよっ! すごい進歩だよ! あの我関せずで朴念仁の兄さんを、お願いのひと言だけで手伝わせることのできる女性がいるなんてっ! しかも兄さんったら、その人のためにわざわざ南部まで帰って来るなんてっ!」
興奮しきりのイリスは、勢いよくザムドの手を取った。
「絶対に逃がしちゃダメだよ!? こんな機会ないんだから! もう最後のチャンスなんだから! 自分の気持ちをしっかり伝えて! 傍から離れちゃダメなんだから!」
教会に通う女の子たちに聞いたのだという恋愛の鉄則を、イリスはまくし立てるように説明した。
何度も、何度も。
聞いているほうが思わず勘違いしてしまうぐらいの勢いで。
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