「男子会②」
~~~クロード視点~~~
ふたりの作った料理や、互いの執事としての苦労話をつまみにしながら酒を呑む。
主人たちと一枚壁を隔てた宴会は、不思議な背徳感と解放感が混じり合って楽しかった。
普段は呑まないクロードも、珍しく呑んだ。
ビールのボトルが空き、ワインのボトルが空き、ウイスキーのボトルが空き……。
「おふたりとリリゼット様の出会いについて、伺ってもよろしいでしょうか?」
なみなみとワインの入ったグラスを呑み干すと、とろんと酔眼のクロードがプライベートに踏み込んだ。
「俺たちと、お嬢の?」
「別にいいが……」
目上の者に対しては最大限の礼儀を払う彼にしては珍しい質問に、ふたりは顔を見合わせた。
それが酔いから発したものであることを知ると、にっと楽し気に目を細めた。
「ようーっし、話してやろう。ええとあれは、何年前の話だっけか?」
「今から6……7……ええと……」
こちらもこちらで酔っぱらないがら、ふたりは記憶をたどりつつ語り出した──
ふたりは戦乱の続く大陸東部からの流れ者だった。
兵士として幾度もの戦に従軍し、しかし敗れ。
あてにしていた給金が支払われず、しかたなしに野盗になった。
グラーツへ続く街道を走る馬車を襲ったが、それがペルノー家のものだった。
「苦も無く叩き伏せられてよ。それがゲラルドっつう爺さんだったんだ」
「金で雇った護衛とかじゃねえぜ? ただの執事だったんだ。その執事が、バカみたいに強かった」
「ひとりで10人をぶっ飛ばしてな。俺らもその中にいて」
「でもな、意外なことに誰も捕まらなかったんだ。牢にも入らず、処刑もされなかったんだ」
「官憲に引き渡さなかったんだ。なあ、それでいいのかって思うだろ? 後のことを考えれば」
「そこで捕まえて断罪しなきゃ、他の誰かが同じ被害に遭うって。でも、そうはならなかったんだ」
聞けば、その判断をしたのはゲラルドではないらしい。
ゲラルドが護っていた馬車に乗っていた主人──当時まだ8歳の、幼いリリゼットの発案らしい。
リリゼットはこう言ったのだという。
捕まえて、牢に入れてもどうせ反省はしないでしょう。
処刑すればなおさら改心の機会は失われるし、ならば全員、うちで召し抱えればいいでしょう。
反省は後々させるとして、ゲラルドあなた、ちょうど人手不足がどうこう言ってたじゃないと。
今は亡き執事長ゲラルドに対する信頼が成させたことであるとはいえ……。
「冗談だろって思ったぜ。でも実際に、お嬢はその通りにして」
「俺たちは以後、二度と悪さはしなかった」
今思っても不思議なのだという。
ツキカゲとコウゲツもそうだが、他の8人もまっとうな人間になった。
同じように執事になった者もいるし、庭師になった者もいる、料理人になった者もいる。
様々な未来があったが、誰ひとりとして悪の道に戻ることはなかった。
「考えてみればよ、俺らよりもよっぽどお嬢のほうがおかしかったんだよな」
「そうそう、相手が誰だろうがお構いなし。子供だてらにバチバチにケンカを売って。圧倒的な力の差があっても絶対曲げなくて」
「そんな姿を見てるうちに、俺らはバカらしくなっちまったんだ。他人を襲って金品を奪おうとか、そういうしみったれた根性がなくなっちまったんだ」
「自分よりもバカな奴を見ると冷静になれるっつうか、そんな感じでな」
顔を見合わせると、ふたりは笑い合った。
自分たちの現状とリリゼットの過去を照らし合わせて、いかにも愉快げに。
「……なるほど、それは素晴らしい」
クロードは深くうなずいた。
リリゼットとふたりの間にある強い信頼感、その理由がようやく腑に落ちた。
リリゼットが8歳ということは、今から8年前。
気高き少女と過ごした8年が、野盗を執事に変えたのだ。
犯罪者を真っ当な人間に。
それはおそらくどんな聖者にもできない、しかし大いに意義のあることだ。
改めて、リリゼットという少女を尊敬した。
その少女のライバルであり、親友であるテレーゼも含めて。
「素晴らしい女性であり、まさに仕えるべき主人といった感じですね」
拳を握って意気込むクロードの肩を、ふたりはぽんぽんと叩いた。
そのまま顔を覗き込むようにすると……。
「おいおい、何をいい話で終わらせようとしてんだよ」
「そうそう。俺らの次はおまえの番だろ。おまえとテレーゼ嬢は、いつから主従関係になったんだ?」
「わたしたちがですか? いや、それは──」
ふたりのような感動的なエピソードなどひとつもない、面白くもない話だ。
だが、求められた以上答えないわけにはいかず、クロードはぽつりぽつりと話し始めた。
今回はリリゼットとふたりの出会い。
次回はテレーゼとクロードの出会いになります。
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