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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第八楽章:ラプソディー・イン・ブルー/アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
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「悶々とした夜」

 ──もし自分が男だったら……。

 ──並み居る美女の中からあなたを選んで、好きになって……。


 それはまるで、告白のように聞こえた。

 今まで友達だとばかり思っていたリリゼットから、わたしへの。

 顔を赤くしたり言葉を失ったりといったリアクションも、それを後押ししているように見えた。

 

「……ふえぇぇぇぇぇっ?」


 それはあまりにもな不意打ちで。

 返すべき適切な言葉が見つからないまま、わたしはただただ声を震わせていた。 


「ね、ねえリリゼット……今のってその……っ?」


 次に考えたのは、この状況についてだ。

 深夜にふたりきり、ネグリジェを着てベッドの上。

 相手はノーマルかアブノーマルかわからない女の子。

 そして、今さっきのあのセリフ──


「……っ」


 いけない。

 このままではいけない。

 少なくともこのままここにとどまっていてはいけない。


 そう思ったわたしは、身の安全を計ろうと体を起こした。

 両手を後ろにつきながら、ズザザザとばかりに後退しようとすると……。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさいよ!」


 リリゼットは目に見えて狼狽うろたえた。

 同じく体を起こすと、わたしに倍する速度でズザザザザザザと追って来た。


「や、やだ、なんで追って来るのよ!?」


「このまま逃げられたらなんか認めちゃったみたいになるじゃない! とにかく逃げるのやめてよ!」


「いやいやだって怖いでしょ!」


「怖くないから! 頑張って優しくするから!」


「その言葉のチョイスおかしくない!?」


「い、今のは言葉のあやというか勢い余っただけで他意はなくて……!」


 キングサイズとはいえ、ベッドの上では逃げ回るスペースもない。

 わたしはあっさりと追いつかれ、うつ伏せに捕らえられた(非力)。


「やだやだやだ! 助けてクロード!」


「やめなさい! 助けを呼ぶのを今すぐやめなさい!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐわたしだが、あいにくと防音が完璧すぎて助けは来ない(音楽家向けの高級マンションなのだ)。 

 

「ううぅ……まさかこんなところで純潔を散らされようとは……。ごめんねクロード……ごめんねママぁ……」


「だから違うって言ってるでしょ! もう! お願いだから話を聞いてよー!」


 リリゼットは頭を抱えると、切羽詰まったように叫んだ。

 



 □ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □




 なんとか落ち着いた(?)わたしたちは、改めてベッドの上で向かい合った。


「えーっと、じゃあまあ、一応誤解だという方向で話を進めるわね?」


「……ジト目で言うのやめなさいよ。あと、この距離感もおかしいから」


 リリゼットはうらめしそうに言ってくるが、まだわたしは油断していない。

 ベッドの端にちょこんと座り、いつでも逃げられるような体勢を整えている。


 だってだって、動揺するのはその気があるってことだもん。

 火のない所に煙は立たたないって、まさにこのことなんじゃないの?


「とりあえず言っておくわ。わたしはノーマルな趣味の持ち主だから。男子には……それほど興味もないけど、かといってそのぶん女子に興味があるわけじゃないから」

 

「……そのセリフのどこに安心しろと?」


 そこはウソでも「男子にエグいくらい興味がありまあす!」とか言っておけよ。

 まあリリゼットがそんなキャラじゃないことは知ってるし、そんなことしたらなおさら疑わしいけども。


「それで、ね?」


 ゴホンと咳払いすると、リリゼットは弁明を始めた。


「さっき、わたしが男になったらって仮定の話をしてたじゃない? 赤毛をショートカットにして、背はそこまで高くなくて、負けん気が強くてケンカっ早くてピアノが上手で……」


「うん」


「その時ね? わたしいろんなことを考えたの。男のわたしはどんな生活をおくるんだろうか、どんな人間関係があって、どんな軋轢があって、どんなその……愛憎みたいなのが生まれるんだろうか、とかそんな感じで」


 この女、あの一瞬でリリ男くんの青春をシミュレートしたのか……っ。


「……ちょっと想像力たくましすぎない?」


「しかたないでしょ。音楽家だもの」


「まあわかるけど……」


 素人にはわからない感覚だろうが、音楽家わたしたちにとって楽譜というのは説明書だ。

 しかもけっこうアバウトな説明書。

 そのまま弾いただけでは本当の音楽を奏でるのが難しい。

 だからこそわたしたちは音楽解析アナリーゼをするのだ。

 時代背景に作者の意図、記されぬ心理心情。それらを咀嚼してこそ音楽に本当の色合いが滲み出るのだ。

 だから音楽家というのは総じて想像力がたくましく……もっと言うと、極めて変な人が多い。

 リリゼットもまたそのタイプであり──


「それでさ。わたし、以前にあなたを悪女って言ったことあるじゃない? 男心を弄ぶ魔女だって」


「言われたわね。あれにはなかなか傷ついたものだけど……」


「その時は悪かったわ。でね? その……さっきの想像の中でね? わたしもあなたに弄ばれてたの」


「ええ……」


 わたしはげんなりと呻いた。


「想像力たくましいというか妄想力マシマシというか……とにかくちょっとひどすぎない?」


「そうだけどっ、そうだけどっ」

 

 妄想と言われて恥ずかしくなったのだろう、リリゼットは枕でベッドをバフバフ叩いた。


「でもわたしは弄ばれたのっ。ピアノ演奏で魅せられてっ、それとは違う普段の生活とのギャップに惹かれてっ、ちょっとこの女のこと気になるなってタイミングで思わせぶりなセリフをドオーンと吐かれてっ。しかもあなたには全然その気がなかったのっ。わたし、ショックでハシゴを外されたような気になって……っ」


「なんて勝手な妄想を……ちなみに、そのセリフっていうのは?」

 

 わたしの質問に、しかしリリゼットは目をそらすと。


「………………言えない」


「ええ……」


 わたしはげんなりと呻いた。


 恥ずかしさが極まったのだろう、リリゼットはさらに声を荒げると。


「しょうがないでしょ! とにかく言ってたんだもん! 恥ずかしくて他人には言えないようなセリフを! でもそれが決め手で! わたしはあなたのことを好きになったの! 弄ばれてるのを承知の上で! それでもなお!」


 顔を真っ赤にして、声を震わせて。


「それで思ったわけ! ああそっか、わたしは男だったらテレーゼを好きになるんだって! もちろん仮定の話だし! 現実問題わたしは女なわけだけど! でもそうなんだって! そう思ったら急に恥ずかしくなったの! 悪い!?」


「まさかの逆ギレ!?」


 なんともひどい話だが、ウソをついている気配はない。

 リリゼットはほんの一瞬変な妄想をしてしまっただけで、アブノーマルな性癖をこじらせているわけではなさそうだ。


「……そんな感じでいい? ねえ、疑いは晴れた?」


 上目遣いになり、恐る恐るという風にリリゼット。


「ん~、まあ~……」


 正直まだ半信半疑だけど、この辺にしておくか。

 これ以上疑って、リリゼットとの関係がおかしくなっても嫌だしね。


「いいよ、わかった。じゃあこれでこの話はおしまいってことで」


 わたしが大人の余裕を見せつけて手打ちにすると、リリゼットはほっと安堵の表情になった。


「うん、そうね。お互い忘れましょ」


「うん、うん」


「だから他の部屋使うとかも考えないでよね? 露骨にそういうことされると傷つくから」


「うん……うん?」


 ああそっか。わたしがこの後、ここでない他の寝室を使うという選択肢もあるわけか。

 部屋自体は余ってるわけだし、そのほうがより身の安全を計れると。

 だけどそれは、イコールわたしがリリゼットのことを信用していないということでもあるからやめてくれと。


「オッケー、いいよ。女同士(・ ・ ・)、今日は一緒に寝ようか」


 女同士を強調しつつ、わたしはゴロンと横になった。

 それを確認したリリゼットが枕元の明かりを消すと、部屋を暗闇が覆った。

 

「ありがと、テレーゼ。じゃあおやすみ」


「うん、おやすみ……うん?」


 布団の中で何かがもぞもぞ動いてるなと思ったら、わたしの手にその何かが触れた。

 いったいなんだろうと思ったら、それはリリゼットの手だった。

 ピアノ弾き特有の筋肉が発達した硬い指が、わたしのそれに絡みついてきた。

 

「えっと……リリゼット、これはどういう意味の……?」


 どうして手を握られているのだろうと怪しむわたしに、リリゼットはぽつり。


「逃げられたらイヤだから……」とつぶやいた。


 ええとつまり……それはあれかい?

 寝てる間にわたしが他の部屋へ行っちゃうと思ってるってことかい?


「ねえリリゼット。わたし絶対そんなことしないから心配しなくても……」 


「……イヤ?」 


「イヤじゃない……けども……」


 わたしは言葉の続きを飲み込んだ。


 なんだろ、今の。

 言葉に変な湿り気があったような……?

 手の平から発する熱の温度が、わずかに高くなったような……?


「良かった。じゃあおやすみ」


「う、うん。おやすみ……」


 わたしに受け入れられたことが嬉しかったのだろう、リリゼットはスヤアとばかりに安らかな眠りに落ちていった。


「……」


 一方取り残されたわたしは、微妙な気分になっていた。

 問題が解決したけど解決していないような。

 ホラー映画のラストシーンで、敵を倒してハッピーエンドかと思ったら実は死んでいなかったみたいな。


「まさか……ね?」


 そんなことを思いながら、悶々とした夜を過ごしていた。

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