「恋話とリリ男くんと」
リリゼットの部屋のキングサイズのベッド(天蓋付き!)に寝そべって、話すのはもちろん恋話だ。
彼女がいなくなってから起こった男女関係の話で、わたしたちが大いに盛り上がった。
その中でも一番のホットニュースは、やはりあれだろう。
「ええー、ホントにっ? ウィルとアンナってつき合い始めたのーっ?」
リリゼットは口元に手を当てて驚いた。
「違う違う。ウィルの方はまだまだ全然なんだけど、アンナのほうが完全にメス顔になってるの。ああ、この場合のメス顔ってのはあれね、恋に対して前向きになっちゃった女子のことを差す王都的な方言なの。もうね、ウィルへの想いに気づいちゃった感じがもろわかりでさあ。ちょっとした動作や表情にも表れてるの。それがもう初々しくてさあっ、甘酸っぱくてさあっ。見てるこっちの胸がきゅんきゅんするのっ」
実際にはアンナのひとり相撲なんだけど、それでも偉大な一歩には違いない。
小さな女の子が踏みしめた、人類初の月面着陸にも劣らない最初の一歩。
「きゃああああーっ?」
こういう話が大好きなリリゼットは、枕を抱きしめ大盛り上がりだ。
うんうん、わかるわかる。
ものすごい近場で起きたことだけにアガるよねえーっ。
青春なんて遥か遠くに置き去りにしてきたわたしだけど、こういうのに直面すると心までぷるんっぷるんに潤う感じがするし。
「ようやく動き出したのねーっ? といっても現状としてはアンナのほうだけなんだろうけど、まあしょうがないわね。何せ相手はあのウィルなんだから」
「そうなのよそうなのよーっ。いやあー、でもさあーっ。ウィルの方は全然気づいてない感じのよねえーっ。アンナがあんなにあからさまなサイン出してるのにまったく平然と、いつも通りに接してるの。ねえ、そんなのあり得ると思う?」
「ああー……それは大いにあり得ると思うわ。だってあなたの弟子だもの」
「え、え、どーゆーこと?」
突然引き合いに出されたことに驚くわたし。
「今の話にわたしまったく関係なくない? だってわたしは……ああ、そういうことね」
喋ってる途中で気がついた。
リリゼットが暗に指摘しているのは、わたしとクロードのことなのだ。
クロードがわたしに好意を抱いていて、わたしが漫画に出てくる鈍感系主人公の如くそれに気づいていないだけなのだということを、リリゼットは指摘しているのだ。
実際にどうかはともかく、彼女はそう思っているのだ。
「クロードとのことを言ってるんだったら、あの後は別に何もないわよ。いつもの長屋でいつも通りの生活をおくってるだけ」
「ふうーん……ホントに?」
疑っているのだろう。
リリゼットは目を細めてわたしの様子を窺ってくる。
「ほ、ホントだよっ。ウソなんかついたってしょうがないじゃんっ」
正確には、ちょっと変わった。
わたしの方がクロードを意識する機会が増えた。
彼の動きや彼の横顔を盗み見る機会が増えた。
そのイケメンぶりや、わたしのことを気遣ったムーブの数々に胸をときめかせる機会が増えた。
以前よりも、確実に。
でも、しょうがないじゃない。
それもこれもリリゼットたちがさんざん煽ってくるから意識してしまうというだけの話だし。
クロードはやっぱりどこからどう見ても最高級のイケメンだし。
世の女子の多くが理想とする、強くて優しい男子そのものなのだから。
そりゃあドキドキぐらいはするよ。
でも、それが即恋愛に繋がるというわけではない。
やっぱりわたしは自分に自信がないし……。
その自信の無さをぶち壊すほどの事件でもあれば別なんだろうけど……。
「なるほど、普段通りね」
わたしの胸の内を見抜いたかのように、リリゼットがニヤリいやらしい笑みを浮かべる。
「ちょっと見ない間に、ほんのちょっとは前に進んでいるようで良かったわ」
「べ、別に進んでなんか……っ」
「まあまあ。亀の歩みだとしても、あなたにはしてはよくやったほうじゃない?」
「もうもう、なんなのよリリゼットおおぉーっ」
恥ずかしさに耐えられなくなったわたしがぽかぽか叩くと、リリゼットは「ごめんごめん、からかいすぎたわ」と笑いながら謝って来た。
「でもさ、からかいがいがあるのも悪いのよ? あなたのその辺の話って、ホントに面白いんだから。たとえば今回だって、わざわざザムドを連れて来たわけだけど……」
「ザムドさん? ザムドさんはだって、南部が地元だから……」
「それだけ? たったそれだけでついて来てくれたの? お仕事まで休んで、あなたのためだけに? しかも地元には自分の過去を知ってるめんどくさい知り合いや、ワケありで数年間も会っていない妹がいるのに?」
「うううぅ~……っ?」
リリゼットが言いたいのはつまり、こういうことだろう。
ザムドさんがわたしに異性として好意を抱いているから、本来なら帰りたくない地元へついて来てくれたのだと。
わたしは今までのザムドさんとの会話を思い出した。
出会いや、その後の交流のワンシーンワンシーンを、順番に。
「そうかなあ~……。ザムドさんは単純にいい人だからついて来てくれたんだと思うけど……」
結果としては、それほど特殊なものはないと感じた。
ザムドさんがわたしを好きになる理由も、きっかけも。
でも、もしリリゼットの推測が当たっていたとしたら?
ひょんなことからザムドさんがわたしのことを好きになっていたとしたら?
そんなわたしの悩みを見抜いたのだろうリリゼットは、「ま、あなたがそう思いたいならそう思っていればいいでしょ」と、からかうように言った。
「まあ~たそんなこと言ってえ~……っ」
わたしは頬を膨らませながら、ごろんと仰向けになった。
豪華な装飾の施された天蓋を眺めながら、ハアとため息をついた。
「もう、リリゼットはわたしにどうなって欲しいの?」
「そりゃあもう恋する乙女でしょ。あなたが恋にうつつを抜かしてる姿を眺めてニヤニヤしたいのよ」
「ニヤニヤって……」
「それ以外にも、わたし的にはいいことあるのよ。男に入れ込むことで、あなたのピアノの腕が鈍る」
「それが本音かっ」
「バレたかあーっ」
こいつめとばかりにわたしが掴みかかると、リリゼットは「きゃあ」と悲鳴を上げながら逃げ惑った。
しかし、キングサイズとはいえひとつのベッドの上だ。逃げられるわけもなくわたしはリリゼットを捕まえた……と思ったらうつ伏せに組み伏せられていた。
「つ……強いっ?」
「……あなたが弱いんだと思うけどね」
リリゼットは呆れたように言うと、脱力したようにベッドに倒れ込んだ。
わたしと一緒にうつ伏せになりながら、顔だけをぐるりとこちらに向けて来る。
「まあでも、世間一般の女子からすると強いのはたしかかなあ。男子とケンカしても負ける気はしないし」
「今日もガテン系の人たちとバチバチにケンカしてたしね」
「まああれはね、プライドの問題だから」
「にしたって怖いわよ。体力や力に物を言わされて、最終的には負けちゃうんじゃないかって。その時に取り返しのつかない傷を負ってるんじゃないかって」
「気をつけるつもりではいるけど……いるんだけどね……。まあ、どうにも出来ないことはあるというか……」
リリゼットは男の子みたいな照れ笑いを浮かべた後。
「……ホント、めんどくさいわよねそういうの。男がどうとか女がどうとか。どっちも変らないひとつの人間なのに」
真面目な顔で、ポツリとつぶやいた。
「……ねえ、変なこと言うよ?」
「うん」
急にどうした?
そう思ってリリゼットに顔を近づけると。
「わたしね、時々思うんだ。もし自分が男だったらって」
「リリゼットが、男だったら?」
「うん、今と境遇は変らないんだけど、自分が男でさ、男と同じぐらいの力と体力があって」
「ほうほう」
ふたりしてリリ男くんの姿を想像してみると……。
「赤毛はそのままで?」
「うん、さすがにこれはないだろうから……。そうね……いっそのことばっさりショートカットで?」
「顔立ちは元がリリゼットだからちょっと女顔で?」
「そうね。背はクロード並み……は大きすぎるから、それよりちょい小さいぐらいかな? たぶん太ってもいないと思う」
「ふむふむ、いいわね。女子に人気だわそれ。絶対ファンクラブとか出来るやつだわ。だってさだってさ、それでいて負けん気が強くてケンカっ早くてピアノが上手なんでしょ? もう鉄板じゃん」
「そうそう。にもかかわらず、並み居る美女の中からあなたを選んで、好きになって……」
「なんでそうなるのよ」
ビシリと片手でツッコむわたしだが、リリゼットからの返しがない。
反論も笑いも、ツッコみに対する反応がまるでない。
いったいどうしたんだろうと思って顔を覗き込んでみると……。
これがまた……ね。
意外なことに……その、赤くなってたのよ。
誰がって、リリゼットの顔が。
呆然──みたいな表情で、わたしのことを見てたのよ。
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