「お泊り会の始まり」
リリゼットの新居は、外観のイメージ通りのリッチな内装だった。
凝った装飾の暖炉にソファ。絨毯は毛が深く、横になったらそのまま眠れそう。
その他にも広い書斎やキッチンがあり、浴室があり、ベッドルームも複数ある。お手伝いさんの控え室まで用意されている(シアさんは週一で来るぐらいだが)。
「贅沢……っ」
自分との生活レベルの違いに驚愕するわたし。
いや、本気で違うわ。
天と地? 雲泥の差? 月とスッポン?
なるほどこれが、ガチのお嬢様の生活か……っ。
「あ、その辺に適当に座ってて。今コウゲツがハーブティーを淹れてくれるから。ツキカゲは昨日作っといたお菓子を出してね。オーブンで焼き直したほうが美味しいからそうしてね。そうそうテレーゼ。このふたり、こっちへ来るにあたってシアに色々教わって来たみたいだから、味に関しては期待しててね」
「贅沢……っ」
あっさり言ってるけど、ひとり暮らしをするリリゼットのためだけにハーブティーの淹れ方やお菓子の作り方まで勉強して来たツキカゲさんとコウゲツさんの努力ってすごくない? 本家を離れたお嬢様が味覚的な意味で苦労しないためでしょ? それも舌の肥えてるリリゼットが太鼓判を押すレベルでよ?
しかもこのふたり、たぶんお給料だって変わってないのに勤務地だけが変わって。
部屋こそセキュリティがしっかりしたとこだけど、路地を二、三本入ると世界が変わるような環境でこの爆弾娘のお守りをして。
その気苦労たるや、気苦労たるやですよ。
「くうううっ……大変ですねえおふたりとも。こんなめんどうな娘のお世話を任されて……っ」
わたしはハンカチの端を噛みしめながら、おふたりに慰めの言葉をかけた。
だがしかし……。
「大丈夫ですよ、テレーゼ様。俺らは頑丈に出来てるんで、どんな環境でもそれなりに生きていけますから」
「こんなお嬢の世話を他の御仁に任せるのは気が引けるってのもありますけどね」
「おいおい、それはさすがに失礼だろうが」
「いやでも、ぶっちゃけそれが本音だろ? 今時の軟弱な奴らじゃ、三日も持たねえよ」
ブラック仕事にどっぷり浸かっているふたりは、軽い調子でリリゼット付きの苦労を語り合う。
甲子園常連校の球児みたいな感じで、その笑顔には一切の暗さがない。
ホントに『※ふたりは特殊な訓練を受けています』のタグ付けをしたいぐらいに爽やかなものだった。
「まさに社畜……っ。ああ、いつの時代のどんな場所にでもブラックな環境に適応してる人はいるんだなあ~……」
自らのブラック派遣企業時代を思い出したわたしが思わず目頭を熱くしていると……。
「……なんでわたしが悪者みたいになってるのよ」
完全にぶすくれたリリゼットが、どっかとばかりにソファに座った。
「別にわたしはひとりだっていいって言ったのよ? お父様にだって、ツキカゲやコウゲツにだってさ」
実際にひとり暮らしが出来るかどうかはともかく(わたしには難しいように思えるが)、その意気込み自体はあったのだろうリリゼットが唇をとがらせた。
ぶちぶちぶちぶちと、心外そうにつぶやいた。
それはお茶とお菓子が並ぶまで続いた。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
さて、南部暮らしやご近所の住民などに関するお喋りが終わり、ツキカゲさんコウゲツさんとクロードが隣の部屋に退くと(こことまったく同じ間取りらしい)、わたしとリリゼットはふたりきりになった。
互いにお風呂を済ませネグリジェ姿になると(わたしはリリゼットのを借りた)、わたしたちはどちらからともなく微笑んだ。
え、なんで笑ってるのかって?
ふっふっふ……女ふたりが夜にすることなんて、ひとつしかないでしょう?
そうそれは、楽しい楽しいお泊まり会の始まりだ。
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