「また明日」
とまあ色々脱線したりはしたけれど、リリゼットのプロデュース方針は決定した。
ガテン系の男性たちをぎゃふんと言わせる方法も、上手いことまとまった。
だけどそのためにはリリゼットだけではダメで、ホステスさんたちの協力が必要不可欠で……。
「いいよ、任せときな。明日にでもみんなに相談してみるから。あいつらに目に物見せてやりたいってのは多いからさ、きっと乗ってくれるよ。大丈夫大丈夫」
退店したわたしたちを戸口に立って見送りながら、シャイアさんは気軽に請け負ってくれた。
「ありがとうございます、助かります。ほら、リリゼットも頭を下げて」
突っ立ったままのリリゼットの頭を強引に押し下げつつ、わたしはシャイアさんにお礼を言った。
「あっはっは、いいよいいよ。面白いイベントだから、むしろこっちが参加させてくれって言いたいところさ」
シャイアさんはまたも気楽に笑い……。
「ねえ、あんたも楽しみだろ? このお嬢ちゃんの活躍が」
ザムドさんの胸をうりうりと小突いた。
「……ま、楽しみでないと言えばウソになるね」
「まあ~たそんなひねくれた言い方してえ~。ホントに昔っから変わらないんだからあ~」
シャイアさんは呆れたように肩を竦めた。
「テレーゼちゃん、めんどくさい男でごめんね? こんなんだけどそこまで悪い奴じゃないからさ」
「ある程度は悪いって前提、やめてくんないかな」
「ふん、そんなこと言うなら今日ぐらいはイリスちゃんのとこに顔を出すんだよ?」
シャイアさんのセリフを聞いた瞬間、ザムドさんは頬を引きつらせた。
いかにも気まずいって感じの顔だけど……。
「あ~ら、黙っちまった。ねえテレーゼちゃん、あんたからもお願いしておくれな。この男、こんな近くまで来ておいて、可愛い妹のとこに顔を出さないで済ますつもりなんだよ」
聞けば、ザムドさんは持病持ちの妹さんのイリスちゃんとふたり暮らしをしていたらしい。
ザムドさんが東部で出稼ぎをするようになって金銭的に余裕が出来、お医者さんに診せることでイリスさんの病気も少しは良くなったらしいのだが、ここ数年はお金を送るだけで、ろくに顔も見せていないらしい。
「わあー、それはダメだよザムドさんっ。妹さんがかわいそうっ。たったふたりの家族なら、なおさら会わないとっ。妹さんひとりじゃ寂しいに決まってるよっ」
「ああ、うん……まあ……」
腰に手を当て、めっとばかりにわたしが怒ると、ザムドさんは明らかに困ったような顔をした。
赤点の答案を親に見つかった子供みたいな顔をした。
「うんまあ、じゃないのっ。絶対に顔を出すのよっ。そんで今日は家に泊るのっ。しばらくお仕事休みだって言ってたでしょっ? だったらその間一緒に過ごすのっ」
ザムドさんにはザムドさんの事情があり、イリスちゃんにはイリスちゃんの事情があるだろう。
たったふたりきりの家族なのだから、双方に言い分があって当然。
だけどわたしは、構わず踏み込んだ。
他人の家庭事情に顔を突っ込むべきではない。
そうと知りながらも、真っ向から。
それはたぶん、ママとのことがあったからだ。
わたしはママとすれ違い続け、最終的には決定的な破局を迎えた。
今となっては当時の気持ちを確かめることすら出来やしない。
世界すら違う今では、会うことだって出来やしない。
でも、ザムドさんは会えるんだ。
同じ世界にいて、同じ都市にいて、なんなら目と鼻の先に住んでるんだ。
だったら会わなきゃ。
まだ会えるうちに、永劫の別れを迎えないうちに、出来る限りのことはしなきゃ。
でないとたぶん、後悔するから。
その時には遅いから。
「わかった? 約束できるザムドさん?」
「……わかったよ、会って来るよ」
ザムドさんは困ったように頭をかくと、そのまま踵を返した。
「テレーゼちゃん、明日も朝はここで食べるんだろ? じゃあその頃に顔を出すから」
それだけ言うと、ザムドさんはゆっくりと去って行った。
その大きな背中が路地の向こうに消えるまで見送ると……。
「ひゃあー、すごいね。あのザムドがあんなにあっさり言うこと聞くなんて……」
自分でけしかけておきながらもこんな結果になるとは思っていなかったのだろう。
シャイアさんは目をまん丸くしながらわたしを見た。
「これは相当あんたにお熱なんだね……っと、なんでもない。忘れてくんな」
ひらひら手を振ると、自らのミスを恥じるような照れ笑いをした。
何をミスったのかはわからないが、ともかく──
「ともかくまた明日、だね。あんたたちとのステージ、楽しみにしてるよ」
そんな風にして、その日はお開きとなった。
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