「リリゼットをプロデュース」
「さあーて、料理と飲み物も届いたことだし、作戦会議といきましょうかリリゼット」
運ばれてきた海鮮パスタをフォークでくるくる巻きながら、わたしは作戦会議の開始を告げた。
会議の内容は、今後のリリゼットのプロデュース方針に関してだ。
そもそもの問題として、働く店はこのままでいいのか?
演奏スタイルは? 衣装は今のままでいいのか?
ガテン系の男性たちをぎゃふんと言わすような選曲は? そもそも彼らの好みは?
議論は白熱した。
時おり意見がぶつかり対立することもあったが、それはそれで楽しかった。
音楽観の違い、ピアノ弾きとしてのスタイルの違い。
最終的にどこを目的としているのか。
一個の音楽人として確立しているリリゼットのそれは面白く刺激的であり、個人的にも興味深かった。
そしてそれは、向こうにとっても同じだったのだろう。
リリゼットもまた、目をキラキラさせながら話してた。
「ねえねえ、ちょっといいかい?」
わたしたちの話に興味を持ったのだろう、常連さんたちも話に混ざってきた。
「まずは選曲についてだがなあ。俺が思うには……」
「ああいうやつらはねえ、意外と純情だから衣装にこう大胆な切り込みを入れて……」
ああでもないこうでもないと次々に意見を出し、知恵を絞ってくれた。
さながら学園祭の準備に打ち込む生徒たちみたいな感じで、賑やかに遠慮なく。
そうこうするうちに興が乗ったのだろう、店主のおじさんがギターを取り出すと、BBキングばりの超絶カッコいいブルースを弾き始めた。
「こういうのだよ。ああいう手合いはこういうのを好むんだ」
ドヤ顔でサムズアップを見せるおじさんに対して、しかし常連さんたちは。
「そうじゃないよ。あんたは全然わかってない」
「奴らが好きなのこういうのさ」
おひげのお爺ちゃんのキールさんがテナーサックスを取り出せば、小さなお婆ちゃんのペディさんが見事なヴォーカルを披露する。
ふたりが演奏するのはビリー・ホリデイばりのムーディーなジャズだ。
三人の趣向は絶妙にぶつかり合いながら、やがてひとつに混ざり合い合流した。
ブルースとジャズのごった煮みたいな明るく陽気な音楽が、店内に溢れた。
「ひゅうー、さすがは音楽の都。みんな音楽が出来るんだ。ねえねえリリゼット、これはこっちも負けてらんないよぉ~」
「……負けらんないって、どうするつもりよ。ピアノも無しで」
くいくい袖を引くとわたしを、リリゼットが疑わしげな目で見る。
「あれ、わかんない? そっかそっか、リリゼットはこうゆーセッションの経験なしかあー。オッケーオッケー、まあ見てなさいってお嬢ちゃん」
わたしは気楽に笑った。
今思い返してみても、音大ってとこは人生を音楽に捧げる変態ばかりだった。
ただ上手いってだけじゃなく色んな演奏をする人がいて、色んな音楽観の人がいて、自然と様々なセッションを経験する機会に恵まれた。
ねえリリゼット。
その中にはね、こういうごった煮的な音楽も数多くあったんだ。
わたしは手近にあった丸椅子を引き寄せると、股の間に挟んだ。
アフリカの民族楽器であるジャンベに見立て、手の平でポンポコとリズムよく叩いていく。
「……あなた、パーカッションも出来たわけ?」
座面を叩き、側面を叩き。
高音低音を苦も無く使いこなすわたしを見て、リリゼットが驚き目を見開いた。
「ま、ピアノは『楽器の王様』だからね」
そう嘯くと、わたしはニヤリと笑った。
ピアノを通して音楽的な基礎や素養を学ぶという意向から、音高・音大の中には他の楽器専攻の人にもピアノを副科として受験科目にするところがある。
だからか、ピアノ以外の楽器を専攻する人でもピアノ自体は弾けるという人が世の中には多くいる。
逆もまた真なりで、ピアノが出来る人が他の楽器を演奏するのはけっこう簡単なことなんだ。
何せピアノは『○○○の楽器をイメージして弾け』なんて真顔で言われることがある唯一の楽器だから。
「しかもピアノは弦楽器じゃなく打楽器って分類だしね、こういうパーカッション系はお手のものなわけよ」
これ以上ないほどのドヤ顔で語ると、わたしは気持ちよく丸椅子を叩き続けた。
即席のジャンベミュージシャンとして、みんなの演奏を下から支えた。
「へえー、こりゃまた面白いお嬢ちゃんだねえー」
「お嬢様みたいに綺麗な格好して、打楽器も出来ますって?」
「さすがはリリゼットちゃんのお友達」
みんなもわたしの趣向を面白がってくれた。
演奏にも熱が入り、10分ほどの演奏を終えたわたしたちは、イエーイとばかりにハイタッチをした。
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