「リリゼットの行きつけの」
リリゼットの行きつけのお店は、小さなアパートメントの一階部分に納まったビストロだった。
といっても日本風の洒落た感じのやつじゃなく、洋風の庶民的な料理屋みたいな風情のやつ。
近所の住民が集まって、賑やかに喋って食べて飲んで。
異国情緒たっぷりで、わたしとしては断然好きなやつだった。
「おー、お嬢ちゃんか。聞いたぜ。また客相手にやらかしたんだって?」
「デッカいのの顎を蹴り抜いたらしいじゃんか。やるねえー」
「おや、今日はお友達もいるのかい。ほれ、汚いとこだけど座んな、座んな。んーで、最初は何がいい?」
お嬢様なリリゼットは、当然だけど料理が出来ない。
朝昼晩の三食はここでお世話になっているらしく、店主も常連さんも、ほとんど家族みたいに接してくれる。
リリゼットが連れてきたわたしたちも、勢い親戚の子供が来たみたいな感じで迎えてくれる。
「わお、素敵なお店ねリリゼット」
内装も実にアットホームで、『酔いどれドラゴン亭』にいるかのような気安さがある。
「南部は治安が悪いって聞いてたから、余計にほっとするわ」
「ま、その辺は所によりけりだけどね。ここらは比較的安全よ。二、三本通りを隔てればまた別世界だけど」
「に、二、三本かあ~……」
それってほとんど目と鼻の先じゃん。
ちょっと歩いたらスラム街なんじゃん、などと思ってビクついていると……。
「リリゼットちゃんの言った通りさ。ここらじゃ、ほんの少し道を隔てれば世界が変わるんだ。くれぐれもだけど、よく知らないところには行かないことだね」
うおお、いつものんびりしてるあのザムドさんが、ガチトーンで話してる……っ?
「ザムドさんは南部出身だもんね。……というかもしかして、ここが地元だったり?」
「正解。ここから数分のとこにある教会の近くが実家なのよね」
そう答えたのはザムドさんではない。
店の奥から姿を現したひとりの女性だ。
紺色のワンピースに花柄のエプロンという簡素な格好をしたその女性は、目の下に印象的な泣きぼくろがあって……うん?
「あれ? シャイアさん?」
その女性は紛れもない、『ジョシュの店』のホステスのシャイアさんだ。
「ふふふ、いらっしゃい。驚いた? ここってわたしの家なのよ」
聞けば、シャイアさんのお父さんが店主さんらしく、店が早めにはけた時はこうして手伝っているのだとか。
「あーあ、偶然続きでもはや気持ちが悪いレベルだね……」
ザムドさんは肩を竦めると、呻くように言った。
なるほど、リリゼットの働いていたお店で幼なじみのシャイアさんが働いていて、リリゼットの行きつけのお店でもまたシャイアさんが働いていたと。これは相当な偶然だ。
「ごめんね、腐れ縁で。でも安心して。あんたの邪魔したりはしないからさ」
「……そう願うよ」
皮肉げに口元を歪めるザムドさんをシャイアさんは楽し気に眺め──そしてふと、思い出したようにわたしに訊ねてきた。
「そういえばそこのお嬢ちゃん……ええと、名前は?」
「あ、わたしはテレーゼです。ザムドさんはわたしが働いてる音楽バルの常連で……」
そういえばきちんと挨拶してなかったなと思いながら、わたしは軽く自己紹介をした。
「ふうーん……ずいぶんと複雑な事情があるんだねえー……。そんでもって何? あんたがテレーゼちゃんの騎士ってわけかい?」
「騎士はそこの黒髪のお兄ちゃんのほうさ。俺はあくまで道案内。もういいから、仕事に戻りなよシャイア」
「はいはい、お邪魔いたしましたねっと。テレーゼちゃん、こんな店だけどゆっくりしていっておくれよ」
シャイアさんはわたしに向かって軽く笑うと、料理を作り始めた。
うおお、手際がいい。きびきびしてる。
汗をかきながら鍋を振るその姿には、ホステスの時とはまた違う美しさがあるなあ。
「んー……シャイアさん大人だわあー……」
ホステスとして男をあしらいつつ、実家のお仕事も完璧にこなす。
まさに二刀流。
「なかなかああいう風にはなれないよねえ。いいなあ、かっこいいなあ~……」
自立した大人の女性ぶりに、わたしが素直に感心していると……。
「お嬢様はお嬢様らしくあればいいのです。あのようになる必要はありません」
「ホントだよ。テレーゼちゃんはテレーゼちゃんらしくしてればいいの。あんなの目指さなくていいからね」
クロードとザムドさんが、口々に言ってくる。
「なによふたりとも。そんなにムキになってどうしたの?」
滅多にない焦った様子を見せるふたりに、わたしは首を傾げた。
「わたしがどんな大人に成長したところで、ふたりには関係ないと思うんだけど……」
「ありますっ」
「あるよっ」
「あっはっは、あなたたちってばホントに変らないのね」
わたしたちのやり取りの何が面白かったのだろう、リリゼットがお腹を抱えて笑い出した。
「たった二週間なのにすごく懐かしく感じるわ。あはははっ、面白い」
目尻に浮いた涙を拭いながら、リリゼットは笑い続けた。
「なによリリゼット。なにがそんなに面白いの? もう、なんなのよーっ」
どうして笑われているのかわからずに、わたしはむくれた。
それがまたリリゼットには面白かったらしく、彼女の笑いはなかなか納まらなかった。
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