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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第八楽章:ラプソディー・イン・ブルー/アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
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「『ソナチネ9番①』」

 ステージに上がったリリゼットの格好を見て、わたしは一瞬、息を呑んだ。

 我が目を疑い、硬直した。


 だってだって、その格好はさ。

 その衣装は、接客を担当するホステスさんたちとそれほど変わらないものだったんだ。


 ピンクのワンピースが真っ赤なそれに変わり。

 ロングスカートの下から覗く白いペチコートが真っ黒なそれに変わり。

 黒い網タイツが真っ赤なそれに変わり。

 大きく肩を出して、胸元は大胆にはだけて。

 ピアノ弾きとしての力だけではなく、女としての性をも売りにする、そういった意図が透けて見えたんだ。


 それはもちろん、店としての方針なのだろう。

 男性客を肉感的に誘惑する、そのためのものなのだろう。

 ホステスさんだけではなく、ピアノ弾きも含めた店全体で雰囲気を醸成すると。


 何せリリゼットはとびきりの美少女だし、スタイルだっていいし。

 そういった意図自体を否定する気はない、それがこの店のコンセプトなのだろうし。

 けれど……。


「リリゼット、どうして……っ?」


 わたしはギリリと奥歯を噛みしめた。

 悔しくて悔しくて、瞬時に頭に血が上った。


 にも拘らず、あなたはどうしてこんなお店を選んだの?

 手っ取り早くお金を稼ぐ必要があったから? 取り急ぎ生活環境を整える必要があったから?

 にしても、他にいくらでも選択肢はあったんじゃないの?

 わたしを超えるピアノ弾きになる。この店はホントに、その延長線上に存在するの?

 ねえ、あなたはそもそもなんのために南部までやって来たの?

 ねえ、もし上手いこと交渉(・ ・)がまとまれば、あなたも男に抱かれるの?

 お金のために、志を曲げてしまえるの?


 いくつもの疑問が脳裏に浮かんでは消えた。

 そんなことはないってわかってるのに。

 あの誇り高いリリゼットがそんなことを許すわけないって、信じてるのに。

 

 それでも──

 どうしても──


「リリゼット……もうやめ──」


 居ても立っても居られなくなったわたしが声を上げようと息を吸い込むのと、リリゼットの演奏が始まるのは同時だった。


「これは……クレメンティ?」


 リリゼットが選んだのは、やはり『わたしたちの楽園』ゲーム中のBGMだった。

 イタリア生まれの作曲家、ムツィオ・クレメンティの『ソナチネ9番』を編曲したもので、明るい色調と軽やかなリズムが耳に心地よい曲だ。


 ちなみにソナチネというのは『小さなソナタ』という意味で、時代がかった大仰おおぎょうな形式であるソナタをそのまま縮小したもの。

 曲の尺が短いのにも拘わらず聴き終えた時の満足感が強くて、わたしも好きなスタイルだ。

 しかもクレメンティ。


「……いい選曲じゃない」


 わたしは思わず感心した。


 ベートーヴェンやモーツァルトの影に隠れて目立たないクレメンティだが、彼の遺したソナチネはロングセラーだ。

 子供たちの学習に向くという観点から課題曲として多くのステージで演奏され続け、特にこの9番はド定番。


 肩肘張らずに気軽に聴けて、会話を妨げることもなく、むしろ気分を盛り上げてくれる。 

 これなら南部の人にもウケそうだなと思いきや……。


「やめろやめろー! 下手な曲弾いてんじゃねえぞー!」


 客席から野次が上がった。

 肌のこんがり焼けたガテン系の男性が吐き捨てるように、事もあろうに下手(・ ・)だって。


「はあ? 何言ってるの?」


 冗談でしょと思っていたら、なんと周りの客までもが同調して騒ぎ始めた。


「引っ込め女ぁ!」だの、「練習曲からやり直しな!」だの、聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせていく。

 中指を立て、唾を吐く。

 それはやがて店中に広がり……。


「ジョシュとねんごろ(・ ・ ・ ・)になってステージに上げてもらったのか!? 恥を知れ!」


 そんな悪口がとどめだった。


「うるっさいのよ酔っ払いどもが! ちょっとは大人しくて聴いてらんないの!?」


 ブチブチに切れたリリゼットが、演奏を中断して立ち上がった。

 ワンピースの袖をまくると、目を血走らせて激怒した。


「お金払ってあげるから今すぐ耳鼻科に行って来なさい! そしたらそのぶっ壊れ耳も少しはまともになるでしょうよ!」


「はああ!? やんのか女ぁー!」


「おうさ、やってやろうじゃない! いつでも相手になってやるからかかって来なさい! この〇〇〇〇どもが!」


「「「はああああーっ!?」」」


 ガテン系の男性らは退かないし、爆弾娘リリゼットも当然退かない。

 ひとしきり罵り合った両者は、やがて取っ組み合いのケンカを始めた。

 リリゼットが殴り蹴飛ばし、男性たちもそれに応戦し……。


「ちょ、ちょっとクロード止めて! リリゼットが……!」


 慌てたわたしはクロードに仲裁を頼んだが……。


「……いえ、おそらくは大丈夫でしょう」


 クロードは冷静な目でケンカを見つめた。


「大丈夫って……そりゃリリゼットは強いけど、相手はガテン系の男性で、しかも複数で……っ」


「いえ、そうではなくですね。──後ろに、もう来ています」


 クロードの指し示した方を見やると、そこにいたのはコウゲツさんとツキカゲさんのふたりだった。


 相変わらずの黒服姿のふたりは手慣れた様子でガテン系の男性たちを取り押さえると、なおも暴れようとするリリゼットを羽交はがい絞めにして引き離した。


「わ、コウゲツさんとツキカゲさんだっ? あのふたり、まだリリゼットの護衛をしてくれてたんだ?」


 リリゼットが家を出てからも離れないでいてくれたのだろう、ふたりは瞬く間にケンカを仲裁していく。

 その様子に、わたしはホウと安堵の息を吐いた。


 しかし同時に、疑問も抱いた。

 リリゼットとふたりは今現在、いったいどういう関係になっているのだろう?

 そしてこの、お客さんの反応のひどさはいったい?

リリゼット、強い。


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