「大人の遊び場」
店の入口は狭く、店内は薄暗かった。
入って左手にカウンターがあり、正面奥に大きなステージとアップライトピアノがある。
フロアには大小のテーブルセットが10個ほど並び、お客さんひと組につき二人、あるいは三人のホステスさんが接客する形態のようだ。
ホステスさんの格好は実に煽情的なものだった。
濃い化粧につけまつ毛、口元には真っ赤なルージュ。
ピンク色のワンピースは肩が剥き出しで、胸元が大きくはだけている。
どうやら接客する時は脚を組んで座るのがルールらしく、ロングスカートの下からはペチコートと黒い網タイツに彩られた艶めかしい足が覗いている。
「わお、大人の空間ーっ」
店内を見渡しながら、わたしは思わず感嘆の息を漏らした。
ブラック派遣企業時代に取引先の接待をする時に使ったことはあったけど、その時はいっぱいいっぱいで観察する余裕なんてなかったもんなあー。
今こうして改めて観察してみると、ホステスさんの歓心を得ようと頑張ってトークしている男性たちの純情さみたいなのが窺えて、ちょっと面白い。
「へっへー、どうだいクロード? こーゆーとこに興味あったりする? プライベートで来たくなったりする?」
「わ、わたしは別に……っ。こんなものに興味など……っ」
「なんて言いつつ、顔が赤くなってるよおー?」
うりうりとばかりにクロードを肘でついて遊んでいると、ホステスさんがやって来た。
「いらっしゃいませーっ、ご新規の方ですかあーっ? って、あら……?」
二十半ばぐらいだろうか
泣きぼくろが色っぽいその女性は、わたしたちを見て驚いたように眉を上げた。
女ひとりに男ふたりという組み合わせに驚いたのかと思いきやそうではなく……。
「ザムド? ひさしぶりじゃない。元気だった?」
「……よう、ひさしぶりだな。シャイア」
「なんだってあんた今さら、こんなとこに……。あー、あー、あー、なるほどね。ちょっと意外なタイプだけど……へえー、そうなんだ。ふうーん」
気まずそうに肩を竦めるザムドさんとわたしを見比べると、シャイアさんと呼ばれた女性はニヤリいやらしい笑みを浮かべた。
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「ちょっとちょっとなんなのよお~っ。ザムドさんも隅に置けないなあ~っ」
奥まった席に案内されたわたしはとりあえずファーストドリンクを頼むと、速攻でザムドさんにツッコんだ。
ピシリと平手で、分厚い胸板を叩いた。
「あんな綺麗なお姉さんの知り合いがいて~。しかもけっこう仲良さげな感じで~。あの気まずそうなリアクションを見ると~、昔色々あった系? ねえねえ、その辺お姉さんに話してみない? ん? ん? んん~?」
他人の恋話に興味津々の喪女(36歳)がガッツリ聞き出そうとすると……。
「ホントやめてよ、テレーゼちゃん。そんなんじゃないってば」
ザムドさんは困ったように肩を竦めた。
「言ったろ? ここは地元なんだって。そりゃあ知り合いも多くいるわけで……。んでもまさかリリゼットちゃんが働いてるのがここだとは思わなくてさ、困惑してたらシャイアが来てさ。あいつって人をからかうのが趣味みたいなとこあるから、これはまずいことになったぞと思ってて……」
「ホントにそんだけぇ~?」
「ホントにやめてってばぁ~」
普段見られないザムドさんの弱り顔が見られたわたしは、実に実に満足した。
正直このまま一時間ぐらいネタにしてからかいたかったのだが、さすがにそれもしつこすぎるだろう。
ザムドさんには案内役を買ってもらった恩もあるし、この辺で退くのが作法というもの。
「あはは、ウソウソごめんね。ザムドさんが滅多に見られない顔してたからついつい、さ」
胸の前でぱたぱた両手を振ってその場の空気をまぎらわすと、わたしは改めて店内を見渡した。
「やあーでも、こうして見ると面白いよねえー。大人の遊び場にも色々あるというか?」
『ジョシュの店』におけるホステスさんというのは、普通に客席で接客する他、交渉がまとまったらそのままお客さんと夜のお楽しみをすることがあるらしい。
個人で判断する分だけ難易度が高いというか、そういう部分を楽しみにしているお客が来るらしい。
まあ風俗営業には違いないんだろうけどね。じゃっかんテクニカルというか、ゲーム感覚なのかな? わからんけども。
「でも……そうね。問題はこの中でリリゼットがどんな役割を果たしているかよね」
ただのピアノ弾きならそれでいい。
だけどもし、生活のために女を売るようなことがあったとしたら……。
「……その時は、引きずってでも連れて帰らなきゃな」
風俗営業をする女性を否定する気はない。
世の中にはそういう需要があって、そういう稼ぎ方がある。ただそれだけ。
法律に違反していないなら、責める筋合いはない。
だけどリリゼットは違うはずだ。
ピアノを愛し、ピアノで生計を立てる。
そこに混ざり物があっちゃいけない。
「……お嬢様、あれを」
思い悩むわたしの肩を、クロードがポンポンと叩いた。
今しがたステージ上に上がった彼女を見ろと、示して来た。
そこにいたのは──
「リリゼット……あなたホントに……?」
わたしはあんぐりと口を開けた。
驚きのあまり硬直したまま、彼女を見ていた。
普段とはまるで違う、扇情的な衣装に身を包んだ彼女の姿を。
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