「ジョシュの店」
グラーツ南部は工業地帯だ。
多くの工場があり、作業員さんたちが働いている。
グラーツ中から、あるいは他の都市から働き口を求めてやって来た男性たち向けの商圏は膨大な広さになる。
作業員さんのための食堂や酒場、服飾店、生活雑貨などを取り扱う工場街。
カジノや風俗など大人のための娯楽施設の密集した歓楽街。
この場合、問題なのは歓楽街の方だ。
気の荒い作業員さんたちを相手にするお店のバックには、当然だけど悪い人たちがついている。
ギャング? マフィア? わからないけど、お金にまとわりつく人たちが大勢いる。
「そういう奴らが幅を利かせてるってことは、イコール治安が悪いってことさ。抗争もあるし、貧富の差も激しくて……まあつまりはご覧の通りでさ。テレーゼちゃんらが住むようなところではないわけよ」
ホームレスだろうか、道端にはみすぼらしい格好をした人が座り込んでいる。
昨夜のお酒が残っているのだろうか、空のボトルを抱えたまま眠り込んでいる作業員さんがいる。
かと思えば悪そうなスーツを着た男たちが口汚く罵り合っていたりして、実に治安が悪そう。
「うおう……ウィルたちを連れて来なくてホントによかったわぁ~……。思春期真っ盛りのあのコたちが見たら、こんなの絶対ショックだもんねえぇ~」
「俺からしたら、テレーゼちゃんだって同じなんだがね」
ザムドさんはため息をついた。
「こんなとこ、お嬢様が来るもんじゃないよ」
うんまあ、たしかにね。
わたしって見た目は思春期真っ盛りのお嬢様だからね。
でも大丈夫。問題ない。
「わたしは平気よ。ユウチュウブとかでこういうの見慣れてるし……じゃなくっ」
頬をパシンと張って、わたしは言い直した。
「世の中は綺麗なものだけで作られてるわけじゃないって知ってるよ。だから変にショックを受けたりしない。えへへ、お嬢様って言っても元だしね。それなりに酸いも甘いも嚙み分けてきたつもりよ。大人の女ってやつ? だからへーき、へーき」
「そうかい? ならいいんだけどさ」
わたしの言葉をやせ我慢ととったのか、あるいは本気ととったのかはわからないが、ザムドさんは優しく笑んだ。
「さ、それよりリリゼットよリリゼット。手紙によると、この辺に彼女の働いているお店があるはずなんだけど……」
引っ越し先から送られてきた手紙には、リリゼットの住まいはもちろん最近働き始めたのだという職場の場所もバッチリ記されていた。
「ええと……『ジョシュの店』、と……あ、ここだここっ。意外とすぐ見つかったねやったねっ」
などと得意げにガッツポーズをとるわたしだが……。
「……お嬢様、本当にこの店でよろしいので?」
クロードが、不愉快そうな目で店をにらみつけた。
「え、ええと……そのはずなんだけど……」
自分自身でも疑問だった。
住所と店名を間違えてないだろうかと、何度も手紙と実物を見比べた。
だってこれは……どう見ても……。
「どう見ても……いかがわしいお店にしか見えないんだけどぉぉぉ~……?」
ピンク色に塗り分けられた屋号、赤い唇を象った看板。
どこからどう見ても大人のための娯楽施設にしか見えない、それがわたしの『ジョシュの店』に関する第一印象だった。
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