「捜索隊出発!」
グラーツ有数の危険地帯へ向かうということで、ウィルやアンナ、カーミラなどの子供たちは連れて行けない。
アイシャやミントのような女の子はもちろん、ハンネスだって家柄の関係で無理(連れ去られたら大変!)。
結果として、同行者はいつものクロードと、南部出身のザムドさんのふたりのみとなった。
徒歩で行くにはさすがに遠い距離なので、交通手段は駅馬車を使うことにした。
現代のバスのように決まったルートを通る馬車が都市中を走っているのだが、リリゼットのうちの馬車のような高級品とはわけが違う。
サスペンションはガタガタで、つまりは凹凸の深いレンガ道を進むたびにわたしの細っこい体は激しく上下に揺さぶられ、現地に到着した時には足腰がボロボロになっていた。
「うおおおー……若い体で良かったああー……。36歳喪女のままだったら今頃整骨院直行だったよおおおー……」
南部の入口。
サンハット大門と呼ばれる石組の門によりかかりながら、わたしは腰を擦った。
前世でお世話になった島先生の大仏顔を思い出しながら、何度も、何度も。
「ああー、今になって島先生のありがたみが身に染みるぜえええー……」
とはいえそこはうら若き乙女の体、回復が早い早い。
30秒もする頃にはわたしは普通に歩けるようになっていた。
「うおお……もう歩けるだと……っ? こ、これが……これが若さかっ?」
あまりの感動にわなわなと打ち震えていると……ふと気づいた。
クロードとザムドさんがいないことに。
「あれ? あれあれあれ? どこ行ったのふたりとも?」
まかり間違ってもわたしのことを忘れるクロードではないし、ザムドさんだってぶっきらぼうに見えてなかなかに気のきいた人だ。
にも拘らず、傍にいない。
「んー……いったいどこにいるんだろう?」
きょろきょろ辺りを見回すと、少し離れたところに人だかりがあるのがわかった。
身長190センチ近くあるふたりの顔が、人だかりの上からひょいとはみ出ているのもすぐにわかった。
いったい何をしているんだろうと思い駆け寄ると、ふたりは何やら言い合いをしているようで……。
「ザムドさんは南部に実家があるんでしたよね? でしたらどうでしょう、この機に里帰りをされるというのは? ここから先はわたしとお嬢様だけで行きますので」
今まで見たことのないようなニコニコ笑顔のクロードが、ザムドさんに切り出せば。
「はあー? 何言ってんの? 元はと言えばこの件は、俺がテレーゼちゃんにどうしてもって頼まれたところから始まってるんだけどおー? お兄ちゃんは頼まれていないのにもかかわらず、勝手に着いて来てるんでしょ? だったらお兄ちゃんがどこかに行けばいいんじゃない? なんだったらそこらで南部グルメでも楽しんで来たら? いいお店紹介するからさあ」
ザムドさんもこれまた、今まで見たことのないようなニコニコ笑顔で切り返す。
「面白いことを言うじゃないですか、チンピラ風情が。暴力以外の言語を持っていたんですねえ、感心、感心」
「その言葉、そっくり返すよ。言われたことしか出来ない木偶の棒風情が、持って回った言い回しを理解できたんだねえ、偉い、偉い」
バチバチバチッ、バチバチバチッ。
表面上は笑顔なのに、思い切り火花を散らすふたり。
殺気のようなオーラのような曰く言い難いものが辺りに立ち込め、人だかりはさらに数を増していく。
「ちょっとふたりとも……っ!?」
いかんいかんいかんっ。
ケンカになるのもまずいけど、この調子だとその前に衛兵さんを呼ばれちゃうっ。
地元の東部ならまだしも、出先の南部でその手の騒ぎに巻き込まれるのは非常にまずいっ。
「ストップストップ! ストオオオオオーップ!」
慌てたわたしは、ふたりの間に割って入った。
「もおおおーっ! なんでふたりはそんなに仲が悪いのっ!? こんなところまで来てケンカしてっ! あなたたちみたいなでっかい人がにらみ合ってたら、みんなが怖がるでしょっ!? だからといって場所を選べばケンカしていいってわけじゃないけど、とにかく今はやめてよねっ!? 状況を考えて! 大人でしょ!?」
わたしは腕まくりすると、まずはクロードに詰め寄った。
「ねえクロード! ザムドさんはわたしが誘ったんだからね!? 南部出身だから、こっちの事情がわかるだろうからって! そのザムドさんを邪険にするってことは、イコールわたしを邪険にするのと同じなんだからね! その辺わかってる!?」
「……す、すいませんお嬢様っ」
わたしに叱られたクロードは慌てて頭を垂れると、今までに見たことないぐらいのしょんぼり顔になった。
「ぷぷぷっ、ざまあーっ」
しょんぼりクロードを見たザムドさんはいかにも楽し気に笑うが……。
「ザムドさんもだよ! クロードをバカにしないで! このコはたしかに真面目すぎて暴走しちゃうところもあるけど、それ以外ではホントにいいコなんだから! 頭が良くて気が利いて、強くて器用で! わたしのことだって今まで何度も助けてくれてるんだから! クロードをバカにするのはわたしをバカにするのと同じなんだからね! 絶対やめて!」
「う、うん……ごめんよ、テレーゼちゃん」
まさか自分が怒られるとは思っていなかったのだろう、最初は戸惑っていたザムドさんだが、わたしの言い分を理解するときちんと謝ってくれた。
「い~い!? ふたりとも、絶対絶対仲良くするのよ!? わたしとの約束だからね!? 約束守れない人は嫌いになっちゃうからね!?」
顔を真っ赤にして怒るわたしの剣幕に戸惑いながらも、ふたりはやがて、どちらからともなくわたしの前に膝を着いた。
「申し訳ございませんでした、お嬢様。以後気をつけます」
「悪かったよ、テレーゼちゃん。これからは上手くやるよ」
仲良く握手とまではさすがにいかないが、それぞれがそれぞれなりに反省したのを確認すると、わたしは大きくうなずいた。
うむ、これだけ反省してるならもういいだろう。
追い打ちかけてイジメてもしかたないし、ここはこれで、綺麗さっぱり流そうじゃないか。
「ようーっし! そうと決まれば善は急げだ!」
わたしは改めて、サンハット大門に向き直った。
東西北のどの地区とも違う、独自の音楽の発展した街へ。
昼でも犯罪が多発し、一瞬たりとも油断のならない危険地帯へ分け入る覚悟を固めた。
「行くわよふたりとも! リリゼット捜索隊の出発よ!」
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