「王子アベル」
~~~アベル・ゼーア・ヒストリア視点~~~
王都は今日も平和だった。
周辺諸国との小さないざこざぐらいはあるが、大規模な戦争はここ二十数年起きていない。
食料も穀倉に満ち、病院施設も充実、飢饉の心配も無い。
第三王子として国王を支えるなどの職務も順調で、そろそろ妃を迎えるべきとの声もある。
「とはいえ、こればかりは向こう次第だからな」
王宮の中庭へと通じる回廊で、アベルはひとりため息をついていた。
頭にあるのはレティシアのことだ。
貴族や富裕層しか入れない高等学院に庶民の身でありながら入学して来た少女。
『癒しの奇跡』という怪我や病気を治す奇跡を行使できる彼女は、あっという間にアベルの心を掴んだ。
ウェーブがかった桃色の髪、空を映したような青い瞳。
いつも明るく笑みを絶やさず、常に他人のことを思いやれる少女。
アベルの頭の中は、彼女のことでいっぱいだ。
一方でしかし、彼女との仲はそれほど発展していない。
アベルがデートに誘っても困ったような顔をするし、贈り物をしてもやんわりと断られてしまう。
アベルのことが嫌いなわけではないようだが、どうも何かが引っ掛かっているようで……。
「……やはりテレーゼのことか。レティシアは優しすぎるからな」
元々アベルはテレーゼと婚約していたが、親同士で決めたことなので乗り気ではなかった。
いかにもお嬢様然とした態度も気にくわなかったし、レティシアと出会ってからはハッキリと嫌いになった。
そんな時にちょうどよくテレーゼがボロを出し、おかげですっぱりと婚約破棄出来たのだが、レティシアはどうもそのことを気にしているらしい。
「自分のせいでテレーゼがひどい目に遭っていると思っているようだが、その思い違いをどこかで正してやらなければならんな……」
アベルがぶつぶつとつぶやいているところへ、補佐官のペドロがやって来た。
高等学院の同級生である彼は、アベルの幼なじみでもある。
気心の知れた仲で、アベルとしてはなんでも話せる気楽な友人のひとりだ。
「王殿下にあらせられましては、本日もご機嫌麗しゅう」
「よい、ふたりしかいない時は普通に話せ。わたしが許す」
「ではアベル。バルテル公爵家のバーバラ様からおまえ宛に手紙が来ているぞ」
「なに、バルテル公爵家の?」
アベルは目を剥いた。
バーバラという娘とは特別親交も無いが、たしかテレーゼの妹だっただろうか。
理由があったとはいえ婚約破棄した手前、バルテル公爵家に対してはバツが悪い。
何か頼みがあるなら聞いてやらねばならないかと、嫌な気持ちでいると……。
「……なんだと? テレーゼが?」
文面を読んだアベルは、驚きの声を上げた。
王都を追放されたあげく公爵家まで勘当されたテレーゼが、グラーツで普通に生活している。
ピアノ弾きとして上げた名声が、いずれ王都へも届くことになるだろう。
そうなればアベル王子としても面白くないのではないかとの内容だが……。
「おのれテレーゼ、レティシアをさんざんいじめておいて、よくまあのうのうと生きてられるな。しかもピアノ弾きとして成功しているだと? ううむ、たしかにこの話が聞こえて来るのはまずいな……」
王子としてのアベルの人を見る目が無かったとされるかもしれない。
それに……。
「レティシアも気にするか? するだろうな……」
自分のせいでテレーゼが追放されたことを今も気に病んでいる彼女だ。
これを機にヨリを戻すよう進言してくるぐらいのことはあり得る。
そうなれば、せっかく深めつつある彼女との関係がまた開いてしまう。
実際にはそれほど深まっていないのだが、これは由々しき大事だとアベルは思い込んだ。
「ペドロ。ここからグラーツまでどれほどある?」
「早馬なら10日、馬車ならひと月かからんぐらいだな」
「往復でふた月か。けっこうあるな……」
「……おい。おまえまさか、グラーツへ赴こうというのか?」
「悪いか? 理由なら適当につければよかろう。その辺はおまえの得意技だろう?」
「そうだが、しかし……」
「なんとしてでも、あやつの存在は消さねばならん。それこそがわたしの幸せにつながるのだから。第三王子としておかしな行動はするなというのだろう? ペドロよ、わかるが止めるな、我が友よ」
一方的に言い捨てると、アベルはペドロに旅の準備を進めるよう命令するのだった……。
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