「妹、旅立つ」
~~~バーバラ視点~~~
バーバラ・フォン・バルテル、それが少女の名だ。
歳は15、肌は白く抜けるように美しく、肢体は侵しがたい清らかさを湛えている。
顔立ちは精緻に整い、まるで彫刻芸術のよう。
輝くような金髪を最近社交界で流行中のシニョンに結って、バラの花飾りを挿している。
金の小花を散らした赤のドレスは前開きで、濃いピンクと薄いピンクと白のスカートを3枚履いてグラデーションをつけた、これまた流行のスタイル。
コルセットやペチコートなども含めた重量はかなりのものになるが、美しさのため、淑女として輝くためとなれば、彼女にとって苦にはならない。
「バーバラ様は今日もまた一段とお美しくてらっしゃる」
「ホント、お顔立ちはもちろんだけれど、最新の流行を自然に取り入れらっしゃって……」
「お待ちになって、まずその前に立ち居振る舞いのお美しさをこそですね……」
バルテル家の一角。陽光差し込むサロンで、バーバラは友人たちとお喋りをしていた。
カトリーヌ、アントワーヌ、ベサリーヌ。3人とも尊き貴族の血筋で、王立学園の小等部から一緒の気心の知れた間柄である。
「ありがとうございますみな様。でもみな様のお美しさの前ではわたくしなんて霞んでしまいますわ」
口ではそう言いつつも、バーバラは思っていた。
この中ではわたくしが一番上ねと。
そしてそれは、おそらく3人も同じ。
それぞれが自分のことをこの中で一番だと思っているはずだと。
そうは思いながらもバーバラは、お世辞を余裕を持って受け入れた。
それもまた、公爵家の娘に産まれた者の務めであったから。
「そう言えばバーバラ様、例の件はどうなりました? その……バーバラ様のお姉さまだった方の……」
「そうそうっ、それっ、わたくしも気になっておりましたのっ」
「都を追放になって、それからどちらへいらっしゃったのかしら?」
3人はここぞとばかりにテレーゼのことを聞いてきた。
かつてはバーバラの姉だった人の凋落ぶりを知りたがった。
「お姉様でしたら、今はグラーツにいるそうですわ」
ここから西方へ半月ばかりほどの距離にある音楽の都グラーツで執事のクロードと共に暮らしている。そんな情報が入って来たのはつい先日のことだ。
情報をもたらしたのはゲイルとかいう男で、何やらテレーゼに対して恨みがあるらしいが……。
「まあ、グラーツ。噂に名高い音楽の都よね」
「わたくし、一度は行ってみたいと思っていたのだけれど……ちょっとうらやましいと言ったら変かしら?」
「それはそうでしょう。だって、あの方の場合は物見遊山ではなく追放で……」
アベル殿下との婚約を破棄され、バルテル家から除籍され、さらに王都を追放された。
蝶よ花よと育てられた貴族の娘に庶民として暮らす能力などあるはずもなく、今や貧困にあえいでいるはずだ……はずだった。
「そうね、貧困にあえいでいらっしゃるのでしょう。それこそ路地裏でかろうじて夜露をしのいで?」
「みっともなく物乞いして、パンやお金を恵んでもらって?」
「女衒に騙されて夜の街角に立っていたり?」
勝手な妄想を膨らませては「おかわいそうに」と哀れみの言葉を口にする3人。
しかしその目の奥に、哀れみや同情は一切ない。
あるのは悪意に満ちた喜び。
つい先だってまで頭の上がらなかった人物の凋落という名の蜜の味。
「ええ、本当にかわいそうなお姉様。代われることなら代わってあげたい……」
バーバラがハンカチを目元にあてて泣いたフリをすると、3人が気づかわしげに声をかけてきた。
「まあ、バーバラ様お優しいっ」
「今でも想ってらっしゃるのね、素晴らしい家族愛ですわ」
「何かありましたら、わたくしたちに頼ってくださいましね」
思ってもいないことを口々に言う3人。
「……あら、ごめんなさい。急に気分が……どうしてかしら、胸も痛むし、ちょっと横になろうかしら」
バーバラは額に手を当てると、わざとらしくフラついて見せた。
「まあ、きっと心労が祟ったのね」
「それはそうですよ、元は姉妹だったわけですもの」
「わたくしとしたことが、バーバラ様のお心に気づきもせずに無神経なことを聞いてばかりで……」
3人は顔を見合わせると、申し訳なさそうな顔で謝って来た。
お茶会を切り上げると、そそくさとテラスを後にする。
「……どうせこの後、他で集まって同じ話題で盛り上がるくせに」
3人が去った後、バーバラはふんとばかりに鼻を鳴らした。
テレーゼがいなくなったのは良きことだが、身内の恥には違いない。
真っ正面から聞き出されるのはさすがに気分が悪かった。
3人の乗った馬車が出ていくのを確認すると、すぐに自室へと戻った。
本棚の脇にあるスイッチを操作して隠し部屋に入った。
壁に備えつけられているランプに火を灯すと、ゆらりと浮かび上がったのは部屋の内装。
机と椅子、三方の壁に棚があるだけの部屋に、所狭しとクロードが飾られている。
もちろん本人ではない。
クロードの姿を象った人形。
クロードの姿を描いた肖像画。
クロードの書いた直筆の書類、クロードの汗を拭ったハンカチ。
クロードとの思い出を綴った日記帳、クロードとのあるべき未来を描いた計画表。
すべてが大事な宝物だ。
それらはいつだって、ささくれ立ったバーバラの心を癒してくれたのだが……。
「ああああー……やってらんない! バッカじゃないの!?」
手近にあった椅子を蹴飛ばすと、バーバラは表情を一変させた。
美しくたおやかなレディの表情から、目を吊り上げて怒る鬼女のそれに変えた。
「どうしてこんなことになるのよっ! おかしいじゃない! あの女はもう我が家の人間じゃないのに! アベル殿下の不興を買って、王都すら追い出された存在なのに!」
姉のことが嫌いだ。
たかだか一年先に産まれたぐらいで自分のことを子分扱いにして、事あるごとにアベル殿下との婚約を自慢してきて。
本当に本当に、大嫌いだった。
大嫌いだったから、バーバラは密告したのだ。
アベル殿下が寵愛しているレティシアという庶民の女に対して働いた悪事の数々を、殿下の側近に。
その後は驚くほどのスピードで事が運んだ。
王家から叱責そして婚約の破棄を申し渡された父は怒り狂って姉を勘当、時を同じくして王都からの追放が決まった。
完膚なきまでの大凋落。
そこまではよかったのだが……まさかまさかまさか……っ。
「なんでクロードまでついて行く必要があるのよ! 庶民の女にどういった理由で執事が必要なのよ! 要らないでしょ!? 要らないわよね!? だったらそのままわたくしの執事になればよかったのになんでなのよ!」
不満を一度口にしたら止まらなくなった。
「もともとあの女には過ぎた執事だったのに! 顔が良くて! 頭も良くて強くて優しくて! なのになんでついて行っちゃうの!? うう……今頃どうしてるのかしら、男と女がふたりで旅して、見知らぬ土地で一緒に暮らして……暮らして……ああああああああああもうううううううううっ!」
恐ろしい想像をしてしまったバーバラは、怒りのあまり髪をかきむしった。
隠し部屋を後にすると、執事の名を呼んだ。
「カントル! カントルいるの!? グラーツへ行くわよ! すぐに支度なさい!」
ゲイルという男がもたらした情報がたしかならば、今テレーゼは音楽バルで働いているはずだ。
「あの女に幸せな生活なんか許さない! 何もかもぶち壊しにしてやるんだから!」
心を悪鬼のそれに変えた妹は、かつての姉にとどめをさすため旅に出る──
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