「まさかの贈り物」
四校対抗戦の採点システムは、少し特殊だ。
四校から選出された審査員8人がそれぞれ10点ずつ持っていて、そこへランダムに選ばれたお客さんからの投票が20点入る。
つまりマックスの得点は100点というわけだが、もちろん各校の思惑やライバル意識などもあり、素直には入れてくれない。
「88点! 88点だよテレーゼ!」
結果を知ったハンネスが、控室でピアノソロの順番を待つわたしの元へ駆けて来た。
「お客さんが満票で! 各校の審査員も軒並み高得点で! ここ5年の中でも最高点だって!」
「へええー……そうなんだ?」
「うんうん! 他のデュオに10点以上の差をつけての大勝利で……ってあれ? なんだかテレーゼ、怒ってる……?」
「そりゃそうでしょう。わたしたちの演奏、そんな安いものじゃなかったもん」
「え、え、ええー……?」
困惑するハンネスに、わたしは説明した。
「い~い? 簡単な計算よ。100点満点中88点で、お客さんが20点入れてくれました。うちの学校の審査員はたぶん20点入れてくれました。この時点で40点で、残りの48点を平均すると16点。各審査委員の平均が8点ずつ。8点よ? 8点。あれだけの演奏をして、あれだけ会場を沸かして8点。そんなの信じられる?」
「う、うう~ん……。だけどまあ、他の学校の人たちだし、自分のとこの生徒を守る意味でも素直には入れてくれないんじゃ……」
「ダメでしょそんなの。忖度じゃん」
「ま、まあ……」
「あのね、ハンネス。音楽をやる上で、絶対にやっちゃいけないことって知ってる? それはね、自分の耳にウソをつくことなんだ。自分で聴いたこと、感じたことにウソをつき出したら、本当にいい音がわからなくなる。当然自分でだって紡ぐことが出来なくなる。イコール、音楽の神様に嫌われちゃうってことなんだよ」
わたしがジロリと見つめると、ハンネスは「う、う~ん……」と呻きながら腕組みした。
「ごめんね。別にハンネスを責めてるわけじゃないんだ。ただムカついただけ。音楽に対してウソをついた連中に。不遜な態度をとった連中に腹が立って腹が立って……」
あるいは減点要素はこのわたしにこそあるのかもしれない。
二台四手とピアノソロの二部門に参加するという『慣例破り』のわたしに厳しく点を付けようという思惑が働いた結果なのかも。
だとしても、やっぱり認めるわけにはいかない。
音楽そのもの以外の要素を評価に入れるのはウソなんだ。
「まあいいわ」
パシンと自らの頬を張ると、わたしは立ち上がった。
「要はさっき以上のものを聴かせればいいんでしょ? 88点のさらに上。100点付けざるを得ないようなものを聴かせてやればいいんだ」
「……す、すごい気合いだねテレーゼ」
「当たり前でしょ。あのねハンネス、あなただって怒るべきなんだよ? わたしとハンネスの二台四手はそんなに安いものじゃなかったって。あの黄金のマリアージュのどこをどうとったら88点なんだって、異議を申し立てたっていいぐらいなんだよ?」
「僕たちの……黄金の……」
わたしの言葉を呆然と繰り返したハンネスは、ハッとばかりに目を見開いた。
「そ、そうだ忘れてたっ。あの……あのねテレーゼっ。これはその、なんというかあれなんだけど……っ。以前から渡そうと思ってたんだけどなかなか機会がなくて……っ」
頬を真っ赤にしながら、ハンネスが包み紙を渡して来た。
「え、なになに……わお、プレゼント? ホントに? いま開けてもいいの?」
「う、うん。その……気に入ればいいんだけど……」
黒い包装に白抜きでダックスフントが描かれた包み紙。
中に入っていたのは万年筆とインクのセットだ。
犬推しの店なのだろうか、シルクハットをかぶったキュートなダックスフントが記されている。
「わあ、可愛い……っ」
「ほ、ほら。テレーゼってけっこう書くこと多いじゃないっ。楽譜とか、手紙とか、だからあると便利かなってっ。使って欲しいなって思ってっ」
「うん、うん、ありがとう。嬉しいっ。大事に使うねっ」
思ってもみなかったプレゼントに、テンションのはね上がるわたし。
「え、でもどうしてくれるの? わたし別に、誕生日とかそうゆーのじゃないんだけど?」
テレーゼの誕生日はたしか4月1日だったはずだし(わざわざエイプリルフールにする辺り、ゲーム制作陣の悪意を感じる)……。
「えっとね、これはその……僕がテレーゼのことが好……」
「す?」
「すすすすす……」
「すすすすす?」
「すすすすすすっかりっ! すっかりね! ああもう! 僕ってやつは!」
何に動揺したのだろう、自らの頬をぐにゃぐにゃと揉むハンネス。
「ほ、ほら。僕ってすっかりテレーゼにお世話になってるじゃない。双子にイジメられてたところを助けてもらったり、友達として遊んでもらったり、ピアノを教えてもらったり、こんな風に二台四手まで組んでくれて、しかも二回もっ」
なぜかはわからないが全力で緊張しているハンネス。
頬を引きつらせ、汗をダラダラをかきながらも必死に気持ちを伝えようとしてくる姿はいかにも不器用で、けれど実直な感じもあって好感が持てる。
「そういう諸々への感謝的な意味と、あとはその……も、もももももしよければ、これからも僕とデュオを組んでくれませんかっていうっ、そういうお願い的なあれもあってっ」
「……これからも、わたしと? 二台四手を?」
ハンネスのお願いに、わたしは驚いた。
音大時代に課題として二台四手をやったことはけっこうあったが、そのつどそのつど相方探しが大変だった。
一度組んだ人はわたしの余裕の無さと頑固さに呆れて、もう一度組もうとお願いしてもすべて断られて来た。
今回だってハンネスにはけっこう無茶ぶりして来たし、完全に懲りてるもんだと思っていたのだが……。
「いいけど……ハンネスはホントにわたしとでいいの?」
「も、もちろんっ」
「今日のだってけっこう大変だったんじゃない? わたしって演奏する時ああだから、これからも大変だよ?」
「わかってるっ、それでもいいんだっ。むしろそれがいいんだよっ。僕はテレーゼと組みたいんだっ」
拳を握って必死で訴えて来るハンネス。
その表情に、どうやらウソはない。
わたしと組んで、一緒に戦う。どんなに辛くてもそれがいい。
ハンネスは本気でそう思っているようだ。
「……」
その瞬間、わたしの胸を満たしたのは嬉しさだ。
前世で一度も言われたことのない言葉を、ハンネスが言ってくれた。
けっこう辛かったはずなのに、全然構わないと言ってくれた。
わたしがあの時から、少しでも成長できているということなのだろうか。
相方がまた組みたいと言ってくれるほどに変わることが出来たということなのだろうか。
それはわからない。誰も比較できる人がいないから。
わからないのだけど、わからないのだけどでも──
「ありがとう、ハンネス。わたしを選んでくれて」
ハンネスのおかげで、わたしは調子に乗ることが出来る。
変われてるんだって、思い込むことが出来る。
「わたしもハンネスと組みたい。だから嬉しいよ」
「ホント? じゃあっ」
拾われた子犬のような表情を見せるハンネスが愛しくて思わず抱きしめてしまいそうになったが、そうするとまた方々からお叱りを受けるだろうから。
「おうよ。これからもよろしくね、相棒」
ニカッと笑うと、わたしはハンネスの手を握った。
ぶんぶんと勢いよく、上下に振った。
「さあーて、そんな相棒にいいとこ見せるために行って来るぜ。渾身のピアノソロで、前人未到の100点満点叩き出して来るから、見ててよね」
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