「リリゼットは待っていた」
~~~リリゼット視点~~~
すごいものを見た。
すごいものを聴いた。
リリゼットの感想は、まずそれだった。
以前聴いた時も良かったが、今回はそれよりもなお良かった。
テレーゼの挑発的な音色が曲全体に明るい雰囲気を与えていた。
ハンネスは戸惑いながらもきっちりそれに合わせ、全体として実にカラフルで楽しい曲に仕上がった。
そうだ、ハンネスだ。
彼が驚くほどに良かった。
しばらく見ないうちに、技術、体力、精神的なタフさまで兼ね備えた素晴らしいピアノ弾きに成長していた。
「……っ」
ピアノ弾きとしては完全にノーマークだった彼の急成長に、リリゼットは嫉妬した。
唇を噛み、拳を握った。血管の中で、血が踊った。
ハンネスの成長を促したもの、それは明らかだ。
この素晴らしい楽曲と、曲中に彼を煽ったテレーゼ。
第一奏者の背中を押して加速させた、パーフェクトな第二奏者。
そうだ、疑いない。彼女が彼を押し上げた。
天才が本気で二台四手に挑めばこうなる、その事実の途方も無さに、リリゼットは背筋を震わせた。
このままでは差を詰めるところではない、どんどん離されていくばかりではないかと愕然とした。
「……いや、違う。そうじゃないわね……」
しばらく呆然としていたリリゼットだが、ハッと自らの間違いに気づいた。
「人はどこまでも成長出来る。上限のように見えるものは上限じゃない。成長するのには、ただ闇雲に弾くだけじゃない。切磋琢磨する中で、時に演奏形態を変えるなどすることで、思ってもみなかった領域にたどりつくことが出来る。そんなところで座しているんじゃない。そういうことね?」
テレーゼがこの曲に込めたメッセージを感じ取ったリリゼットは、忌々しい気持ちで隣の席のクロードをにらみつけた。
「あなたの主人って、ホントに嫌味な奴ね。そんでなに? 二段階に変身するんだっけ? これの後に、まだ驚くようなのを聴かせてくれるってわけ?」
「はい、そのように伺っております」
長身の執事は、誇らしげにうなずいた。
我が子を自慢する親のように、にっこりと笑みながら。
「ふん、言ってくれるわね」
リリゼットは鼻を鳴らすと、深く椅子に座り込んだ。
「まあいいわ。毒を食らわば皿までよ。ここまで来たら最後までつき合ってやろうじゃない」
リリゼットは待っていた。
この後始まるテレーゼのピアノソロを、恐ろしいような待ち遠しいような、複雑な気持ちで待っていた。
今回は2段構えです!
テレーゼの活躍が気になる方は下の☆☆☆☆☆で応援お願いします!
感想、レビュー、ブクマ、などもいただけると励みになります!