「第一回脳内裁判開廷」
はい始まりました。
第一回脳内裁判開廷です。
被告人はわたし、テレーゼ。
裁判長はもさもさとした口ひげを蓄えた老テレーゼ。
裁判官はいかにも仕事が出来そうな三角メガネのテレーゼ。
書記官はおどおどしながらマーカーを握ったびびりテレーゼ。
姿形は違えどすべてテレーゼ、すべてテレーゼによってお送りいたします。
「うおっほん。では開廷します。本件は先日。クラウンベルガー音楽院屋上にて行われた強制わいせつ行為への罪を問う裁判であります。では被疑者テレーゼ。さっそく弁明をどうぞ」
偉そうに咳ばらいをしながら裁判長テレーゼが促して来る。
「あのあの、その前にひとついいですか? なんですか強制わいせつって。わたし、そんなことしてないんですけどっ」
わたしがシュタッと手を挙げ異議を唱えると。
「ほう……つまりはこういうことですか? あなたはご自身の行動を正しく認識されておられないと?」
裁判官テレーゼがメガネをくいと持ち上げながらツッコんで来た。
「18歳の青年を誑かし肉体的な接触を持っておきながら、まったく悪くないと?」
「い、いやらしい言い方をしないでっ。抱き着いたのは流れ上しかたのないことであって、自らの心を守ろうとした……そう、いわば緊急避難的なあれであってっ。肉体的接触とかそうゆー風にわざと誤解を生むような単語を使うのは良くないと思うんだけどっ」
かろうじて思い出した法律用語を駆使しながら、必死に弁明するわたし。
「では、悪いことだというのは認めるわけですね? 思春期の男女がすべきではなかったことであると、それをしたと認めるわけですね?」
「うううぅっ……?」
ホワイトボードに発言内容を書き出していた書記官テレーゼが頬を染め、「まあエッチっ」みたいなリアクションをとる。
たしかに考えてみればエッチな……というか、そんな風に感じられるところは多々あるんだけどっ、あるんだけどもさっ。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、わたしはなおも弁明する。
「だってだってっ、しょうがないじゃないっ。あの時わたしはものすごい追い込まれててっ、リリゼットとのことで頭がいっぱいになっててっ。そりゃあたしかにクロードは18歳の青年だしっ、わたしだって16歳の少女だけどっ」
「はあ? 16歳の少女? 偽証は罪になりますよ?」
「中身は36歳の喪女ですすいませんでしたあーっ!」
わたしは思い切り謝罪した。
おのれ、わたしの分身のくせにと恨みに思いはしたが、たしかに今のはわたしが悪い。
そして、この問題の根幹はそこなのだ。
36歳喪女のわたしが18歳の美青年に抱き着いた。
一度は身を離したクロードに、もう一度ハグを求めた。
ホントに気持ち悪いというか、大人としてそれはどうなのよというか。
「でもさあ、聞いておくれよ~。あの時はホントにしょうがなかったんだって~」
立つ気力を失ったわたしは、その場に座り込んだ。
「心が冷えっ冷えでさあ~、今すぐ暖めないと凍り付いて死んじゃう寸前でさあ~」
涙ながらのわたしの弁明に、裁判官テレーゼは「ふん、泣き落としですか」と冷たく見下し、書記官テレーゼは「うう、わかります、わかりますよっ」ともらい泣き、裁判長テレーゼが「勝負あったな」とばかりに木のハンマーを振り下ろそうとした、その瞬間のことだった。
「でもさあ、あのハグ、暖かったじゃん。あなたたちだってわたしの分身なんだから、同じように抱かれたわけでしょ? 覚えてるでしょ?」
「「「…………!!!!!?」」」
わたしのひと言に、場の空気がギシイッと凍り付いた。
「クロードの体、がっしりしてたじゃない。しかも大きいから風除けになってさ、密着してたから体温も伝わってきてさ。秋の冷たい雨で濡れてた体がさ、こう芯から温まる感じで。震えが止まって、体の硬直が解けてく感じで。でもそれってさ、物理的にもだけど、精神的なものもあったと思うんだよねえ~」
「「「……」」」
「今まで何度もわたしのことを助けてくれたクロードが、やっぱり今回も助けてくれてさ。傍にいてくれてさ。しかも心からわたしのことを大事にしてくれてるのが伝わって来てさ。そんなの嬉しいに決まってるじゃない」
「「「……」」」
「そりゃあ甘えますよ。こっちの年齢とか社会的立場を度外視してでも抱き着きますよ。そんだけ辛かったし、それが反転して嬉しかったし。おかげで心が軽くなったし。……まあでも、罪は罪だよね。わかりました、大人しくお受けいたします……っと?」
ぐいと涙を拭いながら顔を上げると、どうしたわけか3人の頬がピンクに染まっている。
裁判長テレーゼは忙しなくおひげをしごき、裁判官テレーゼは眼鏡を外して目を手で覆い、書記官テレーゼは自らを抱きしめるような格好で身悶えている。
「……あれ? みんないったいどうしたの?」
キョトンとしながらわたしが訊ねると……。
「諸々の事情により、被告人テレーゼを無罪といたします」
裁判長テレーゼが実に言いづらそうにしながらわたしの無罪を告げて来た。
「え、え、なんで? さっきまであんなに激しく責めて来てたのに。っていうか諸々の事情って何よ? いったいあなたたちの中で何があったのよっ?」
「いいのっ! 無罪ったら無罪なのっ!」
偉そうな喋り方はどこへやら、子供みたいにムキになりながら何度も木のハンマーを振り下ろす裁判長テレーゼ。
「とにかく無罪! 閉廷! 解散! かいさーん!」
そのひと声で閉廷、無罪放免となったのだが……。
「えええええーっ!? なんでえええーっ!? 全然納得いかないんだけどおおおーっ!?」
わたしはひとり、頭を抱えて絶叫したのだった……。
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