「胸の痛みの」
~~~クロード視点~~~
「と、と、とりあえず帰ろうか。夜も遅いし、ぐっすり寝て、明日に備えないとね。あ、あはははは~……っ」
テレーゼは誤魔化すように笑うと、先に立って歩き出した。
大きく腕を振って、大股で。
元とはいえ貴族令嬢らしからぬその振る舞いを、しかしクロードははしたないとは思わなかった。
むしろ、もとからそうであったような自然さすら感じていた。
庶民と同じ目線に立ち、大きく口を開けて笑う。
人をからかうのが好きで、よくイタズラをしかけてくる。
それが行き過ぎたと感じた時には素直に謝り、二度繰り返さないよう気を付けるといった一面もある。
贅沢を好まなくなり、わがままを言うことをやめ、生活費を自分で稼ごうという積極性すらもある。
頭を打って死にかけたことが、結果的には良かったのだろう。
神託を受け、ピアノ弾きのギフトを手に入れ、テレーゼは変わった。
ひいき目を抜きにしても、好ましい女性になった。
しかしまさか、自分に恋人を作れとは……。
「……」
クロードは首を振った。
同時に、どうして自分はこんなにも動揺しているのだろうと考えた。
「……」
そう、クロードは動揺していた。
胸が痛み、頬が紅潮していた。
そのせいで、執事としてあるまじき態度をとってしまった。
主人をにらみつけるなど……。
早く謝罪しなければならない。
片膝をついて詫び、罰を受けなければならない。
だけどなぜだろう、どうしても出来なかった。
それだけは、どうしても。
「……」
先を行くテレーゼの背中を目で追った。
シュミーズドレスに包まれた、華奢な背中を。
触れれば消えてしまいそうな、月下の妖精のようなその姿を。
追いかけながらクロードは、原因不明の痛みに悩まされ続けていた。
テレーゼの活躍が気になる方は下の☆☆☆☆☆で応援お願いします!
感想、レビュー、ブクマ、などもいただけると励みになります